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2011年10月

2011年10月 2日 (日)

EU ストレステスト合格

 EU域内の全原発が、自己採点によるストレステストに合格したようです。コンピュータシミュレーションにより、電力会社自身が行う第一段階のテストです。次の段階は、「各国の原子力監督当局によるチェック」、次に「EU27カ国の監督当局によるチェック」となります。相互間のチェックにより、安全性は客観的に判断されるでしょう。

 テスト項目は、大地震、津波や洪水、飛行機の衝突、原発周辺における大規模な爆発を想定したものです。

 自己採点した電力会社は、一様に「事故のリスクは無視でき、弱点はない」と言っています。これは当然の結果でしょう。誰が好き好んで、問題があるから「運転停止する」と言うでしょうか。EU域内では143基の原子炉が稼動しています。その全てが安全と言われると「本当?」と疑ってしまいます。そんなはずないだろうと。ストレステストの基準は国民に対して、明示されているのでしょうか。監督当局による、次のチェックに注目していかねばなりません。

 日本はどうでしょうか。(ものぐさ デタラメ 原発ストレステスト)でも言うように、政府は「安全上重要な施設・機器等について、設計上の想定を超える事象に対してどの程度の安全裕度が確保されているか評価する。また、多重防護になっているので、必要な安全水準に一定の安全裕度が上乗せされていることを確認する。」としか言っていません。そこには、基準となる数値はいくつで、それをどの程度上回ったら合格とするのかとの記述が全くありません。「再稼動」ありきのストレステストでしょう。EUに比べ、日本のストレステストは似て非なるもの」のようです。

 予想される設計上の想定は、土木学会「原子力発電所の津波評価技術」(平成14年)を用いて評価した設計想定津波の高さ(設計津波高さ)と、従来の耐震設計基準でしょう。これでは、震度6程度で原発は壊れます。

 津波対策としては、「現在の敷地の高さ」、「通常の扉と浸水防止対策のパッキン」、「水密性をもった扉」で良いといっています。これで安心でしょうか。福島の津波の現状を見てください。私には「子供だまし」のような気がします。よくも「白々しく」言えるなという思いです。

 日本でも、ストレステストの実施は、電力会社が行うのでしょう。「やらせ公開討論」、「東電黒塗りの操作手順書」、「事故隠蔽体質」等、問題のある電力会社が、果たして、まともな結果を提出するでしょうか。EU域内のように、国相互間のチェック機能が働きません。これは大問題です。

 その後「IAEAのお墨付き」をもらい、首相はじめ、原子力に対し知識のない数人の政治家により、「ストレステストの合格」が決まるのでしょう。原発事故の原因となり、従来の原子力を管理監督してきた「原子力安全・保安院」、「原子力安全委員会」が、ストレステストの評価に参加するのも心配します。うさん臭いものを感じます。アリバイ作りですね。

 今一度、訴えます。

1 福島原発事故調査委員会の結論による、新安全基準を作ってほしい。

2 それに対し、どの程度の余裕度でもって、合格とするのかを数値でもって明示してほしい。

3 老朽化原発に対する見解を明らかにしてほしい。脆性遷移温度以下で老朽原子炉は破壊するという指摘があります。(ものぐさ 廃炉の基準は その1)。

 

2011年10月 3日 (月)

浜岡原発停止 決議後

 牧之原市は「安全が担保されない限り、原発は永久停止すべきだ」との決議を9/26に行いました。

 その後における周辺市町村等の見解は以下の通りです。独断で3つに分類しました。

 肯定的な意見

1 市民の生命・財産を守るのが基本姿勢。 掛川市長

2 福島原発事故が収束せず、市民の不安は大きい。安全が担保されないなら、廃炉判断をする。決議は当然だ。EPZの拡大を求める。 藤枝市長

3 近くの自治体が永久停止を求める立場は理解できるが、軽々に発言できる問題ではない。 浜松市長

4 事故により、町民の生命や企業活動に影響を及ぼす可能性が高い。廃炉にすべきだ。企業が原発を不安視している。 吉田町長

5 安心安全が確保されない限り、「永久停止」は当然。 静岡県知事

6 安全はお金に変えられないと気づいている。安全に対する懸念を地元の住民が抱くことは理解できる。 静岡市長

7 住民の理解が得られない限り再稼動は認めない。 菊川市議会

8 原発は人間がコントロールできないものとわかった以上、使うべきではない。永久停止すべきだ。磐田、藤枝、袋井3市とともにEPZの拡大を国に求めている。 焼津市長

 否定的な意見

1 中電は安全対策を考えている。早々に永久停止を決議するのはいかがなものか。浜岡原発の恩恵を受けている御前崎市民の苦しみを考慮すべきだ。 島田市長

2 決議は誠に意外で困惑。 御前崎市議会

 慎重的な意見

1 原発再稼動は高いハードル。事前に話し合いがあってよいのではないか。 御前崎市長

2 自治体の決議に意見を言う立場でない。 菊川市長

 牧之原市が永久停止を求める決議案の提出を決めてから9/28までに、全国から113件の意見が電話やメールで寄せられた。そのうち「決議応援」が9割以上、批判意見は3件であった。

2011年10月 6日 (木)

年間被曝量20ミリシーベルトとは

 年間被曝量「20ミリシーベルト」が緊急時避難準備区域を解除する条件です。20ミリシーベルト以下は安全だという意味でしょう。

 では、20ミリシーベルトと言う数値の持つ意味について、考えていきましょう。

 福島原発事故以前、一般人の放射線被曝限度量は1ミリシーベルトでした。

 放射線業務従事者の被曝限度量を見ていきましょう。

 「電離放射線障害防止規則」第三条において、「年間被曝量5.2ミリシーベルとなる区域は標識によつて明示(管理区域)しなければならない」と規定されています。 もちろん、この区域は一般人の立ち入りが制限されているのでしょう。

 同第四条において、「放射線業務従事者の被曝限度は5年間で100ミリシーベルトを超えず、かつ、1年間で50ミリシーベルトを超えないこと」と規定されています。放射線業務従事者とは、病院勤務のX線検査技師(原発労働者含む)を想定すればいいでしょう。100ミリシーベルトを5で割れば、年間被曝量は20ミリシーベルトになります。

 同第六条において、「妊娠中は1ミリシーベルトを超えないこと」と規定されています。放射線業務従事者であったとしても、ほぼ一般人並の被曝量に抑えられています。

 政府は、「X線検査技師や原発労働者並みに、年間20ミリシーベルトの被曝を一般人や子供、妊婦が受けても良い」と言っているのですか。また、年間被曝量が5.2ミリシーベルトの区域は、管理区域として表示されないのですか。

 更に、文科省の発表する累積放射線量が新聞等に記載されています。驚くことに、この値は3/23以降のものです。原発事故は3/11でした。11日間の累積量は含まれていないことになります。3/23における飯館村の累積値は14ミリシーベルト、浪江町は19ミリシーベルトとも言われています。なぜ、新聞等はこの事実を伝えないのでしょうか。知っていて公表しないのでしょうか。

 以上は、外部被曝ですが、校庭で子供たちが吸い込む土埃、強風時に巻き上げる土埃、飲料水、食品等は体内に吸収され内部被曝の原因となります。

 内部被曝は外部被曝の3~4倍と言われています。チュルノブイリ原発事故におけるオーストリアのデータでは、15%の外部被曝、5%が呼吸からの内部被曝、残りの80%は食品からの内部被曝と言われています。

 放射線によるDNA損傷ついて簡単に示します。

 体内の各細胞に平均1本の放射線が通過した場合、被曝量は1ミリシーベルトとなります。20本の放射線が通過すれば、20ミリシーベルトです。放射線が細胞を通過したとき、DNAが損傷します。この1本の放射線の性質は、1ミリシーベルトでも20ミリシーベルトでも変わりません。放射線が多いか少ないかの違いでしかありません。多くの放射線が通過した場合、DNA損傷の確率が高くなります。これ以下の被曝量なら安全と言うものではありません。

 さて、被曝を受けた場合の癌発症率はどうでしょうか。ICRPによると

年間1ミリシーベルトでは    1万人に1人

年間10ミリシーベルトでは   1000人に1人

年間20ミリシーベルトでは   500人に1人

年間100ミリシーベルトでは  100人に1人

が癌患者となります。20ミリシーベルトの地域に50万人がいれば、1000人が癌患者になります。

 以上から、「20ミリシーベルト」と言う値は、とんでもない数値です。枝野元官房長が言う「直ちに影響はありません」は本当です。

 地上の放射線量は、航空機によりリアルタイムに測定することができます。政府は、そのデータを公表し、呼吸や食品からの内部被曝量を推定し、住民に現状を正直に伝えるべきです。それによって、緊急時避難準備区域の解除が行われるべきです。また、土壌の除染は、早ければ早いほど、年間被曝量を少なくすることができます。漠然としたメッセージを発するのではなく、科学的データを基にした事故対応が必要です。さもなくば、政府の言うことを誰も信用しません。今現在、政府の言うことを国民は信じていないでしょう。9800円の家庭用放射線測定器に注文が殺到しています。まさに象徴的なことでしょう。

 一般人の被曝限度量は1ミリシーベルトでした。それが、福島における被曝限度量は20ミリシーベルトになってしまいました。

 原発作業員の1年間の被曝限度量は50ミリシーベルト、5年間の累積値は100ミリシーベルトでした。ところが、被曝量が100ミリシーベルトを超えるや否や、福島原発の復旧作業に限り、累積値は250ミリシーベルトに引き上げられました。基準を決めたときの根拠は何だったのでしょう。国民の安全を守るためだったのでしょう。基準がころころ変わるなんて、おかしいですね。 

 国民を欺いて原子力を推進し、事故が起きれば、安上がりな対応で国民をだまそうとしているように感じられます。

2011年10月 7日 (金)

低線量被曝は安心か

 文科省放射線審議会は、復旧期の被曝量を1~20ミリシーベルトに許容するとの考えを示しました。正直「オヤッ」と感じました。

 放射線業務従事者の被曝限度量とは、どんなものでしょうか。

 年間被曝量5.2ミリシーベルとなる放射線管理区域は、一般人の立ち入りが制限されており、X線検査技師(原発労働者含む)等の年間被曝量は20ミリシーベルトと定められています。同業務に携わる妊婦は年間1ミリシーベルトを超えないように定められています。詳しくは、ものぐさ「 年間被曝量 20ミリシーベルトとは」を見てください。

 上記の規定からみて、疑問点を上げます。

1 復旧期とはどの程度の期間を指すのでしょうか。定めた期間と上記規定との関係を科学的に説明してください。

 期間を示さず許容値を変更したのでしょうか。これでは枝野元官房長官が言った「直ちに影響はありません」と同じ表現です。

 復旧に20年間かかれば、この状態にさらされ続けるということですか。

2 「経済性や社会的側面から合理的な対応として、許容限度を変更した」としています。健康面には目をつぶってくれと言うことでしょうか。そのようにはっきり言うことが必要です。それによって、その後の健康管理面をどうすべきかが明確になるでしょう。

 チェルノブイリ事故後の、周辺居住住民は、日々飲む牛乳に含まれる放射線量を毎日測定していると聞いています。

 経済性と合理性を重視し、住民には1~20ミリシーベルトで我慢してくれと言っているようです。原発と健康とは相反する矛盾を抱えています。この矛盾を政府は国民に突きつけ、原発問題に対する国民の判断を仰ぐ必要はないでしょうか。

3 許容値を変更したことに対して、癌が発症したら、政府は患者に対して保障するのでしょうか。少なくても、放射線管理区域内で生活しなければなりません。X線検査技師並みの管理はするのでしょうね。

 時間がたてば国民は忘れる、審議会が決めたことだから関係ないということでしょうか。

 抽象的な規定で、なし崩し的に国民の目をごまかし、健康問題を葬り去ろうとしています。その場を取り繕った先送りにはウンザリします。ごまかそうとしているから、複雑な論理になります。原発問題の正解は、もっと単純なところにあります。

2011年10月 8日 (土)

減少した原発報道

 福島原発事故から7ヶ月が過ぎようとしています。「当初の緊迫した、時々刻々変わる状況」から、「放射線の問題」へと内容が変わってきました。そして、このごろは、事故に関する報道紙面も少なくなってきたように思います。事故当初の緊急的な状況は去ったとはいえ、依然として原発問題は、深く、拡大しています。

 国民に明らかにしていかなければならない問題は山積しています。以下、羅列しました。

1 「福島原発跡地に高濃度放射性廃棄物を永久保存したらどうか」と地元住民からの苦しい胸のうちが聞こえてきます。六ヶ所村は、中間貯蔵と言いながら、なお継続して、そのままの状態です。住民からは、このまま放置されるくらいなら300mの地下に埋めてくれとの声もあります。高濃度放射性廃棄物処理の問題を深めてほしい。

2 焼却灰、低濃度放射性廃棄物、除染後の汚染した土壌等の埋め立て地域がなかなか決まりません。候補に挙がった地域住民は反対するでしょう。政府の決めた土壌処分の線引きにも、国民は不安を持っているでしょう。以下示します。

100ベクレル以下                 製品段階で基準内ならセメントなどに再利用可能

8000ベクレル以下                管理処分場に埋め立て可

8000ベクレル超10万ベクレル以下      安全を評価して埋め立て可

10万ベクレル超                  コンクリート壁など放射線を遮蔽できる施設で管理

基準だけが、国民に対して唐突に提示されました。放射線専門家の見解などありません。

3 緊急避難準備区域の復旧計画についても、掘り下げた報道は見かけません。

4 原子炉の老朽化、すなわち脆性遷移温度についても取り上げられていません。老朽化した原発から廃止していくのが政府方針だったのではないですか。

5 原発代替エネルギー(特に天然ガス発電)についての考察も必要です。自然エネルギーの補完としての可能性は大きいと思います。増田前岩手県知事を座長とする「日本創生会議」が提案した「アジア電力網構想」も、大きな期待と希望が感じられます。民間から多面的な電力政策が提案されています。それに引き換え、政府は会議の器ばかり作り、何をしたいの見えてきません。

6 地震に対する原発の脆弱性について明らかにすべきです。

 2000t程度の原子炉は、厚さ5cm程度のリング(スカートと言うそうです)の上に卵のように乗っかっているだけと聞きます。原子炉がどんなに頑丈な人工岩盤の上にあっても、直下型地震により下から突き上げられれば、2000tの原子炉の下のリングは破壊してしまうそうです。

 当然、原子炉は傾き、それに接続した配管は断裂し、冷却材は喪失し、原子炉は溶融するでしょう。

 国が定めた耐震基準が妥当であるのか。これも原発廃炉にの条件の一つでしょう。

7 ストレステストで原発は安心できるのか。福島原発事故を津波に矮小化し、政府は原発の再稼動をしようとしています。再稼動ありきで、真実を明らかにしようとしない。政府が信頼できません。

 未だ、多くの問題を抱えています。報道は移ろいやすく、次々と、新しい話題を追いかけ、報道が上滑りしています。そのため、原発事故が起きるまでは、深刻であった原発問題に切り込めていませんでした。事態が収束してくれば、原発問題に対し思考停止となってしまいます。また、一部テレビでは、原発問題が娯楽番組化しています

 報道は「国民の知る権利」を時々声高に強調します。国策である原発問題を判断するためにも、国民は「知る権利」を報道に対して、更に要求しています。継続的かつ深さを持った報道をしてくれませんか。報道関係者は、なぜか、腫れ物に触るかのように、原発問題を報道しています。根本問題に触れていません。国策であるがゆえに、虎(原子力村)の尾を踏まないように適当に報道しているように感じるのは、私だけでしょうか。

 

 

2011年10月11日 (火)

脆弱な原発構造

 福島原発事故以降、原発の構造図を幾度となく目にしました。円筒状の圧力容器、その中には数本の燃料棒、圧力容器を囲む格納容器、それらをつないだ数本の配管類、タービン、復水器等です。手のひらサイズで、かわいいですね。シンプルで、制御も手の内であるかのように錯覚します。概略の寸法は格納容器の直径18m、高さ32m、圧力容器の直径4.8m、高さ20m程度で、その中にある配管本数は400本、配管についている弁の数は1000個を超えると言われています。手のひらサイズの構造図とだいぶ違います。

 さて、その内部を見てみましょう。

 原子炉圧力容器に溶接されている配管類は、宙吊り状態であると言われています。支持装置により固定されているものの宙吊りに変わりません。配管類は鉄骨の梁の上にあったとしても、地面に固定されているのではないのです。さらに配管には、ポンプやモータが接続されています。地震で揺れたらどうなるでしょう。配管を挟んで、重量の大きいポンプやモータが共振し、更に大きな振動にもなりかねません。それにより、最も弱い配管の付け根は断裂し、冷却材は喪失し、炉心溶融が生じかねません。

 更に驚くことに、卵形の圧力容器は、肉厚5cm程度の円筒状のリング(スカート)の上に乗っていると言われています。もちろんスカートの下は基礎と人工岩盤です。圧力容器は2000トンとも言われています。下からの直下型地震による突き上げと、2000トンもの圧力容器の重量により、このスカートは破壊される可能性があります。原子炉は傾き、配管は断裂し、冷却材は喪失し、炉心は溶融しかねません。運転時の圧力容器は熱膨張により縦方向に18mm伸びます。このことが配管類を地面に固定できない理由だそうです。、

 次に、耐震基準の違いによる影響を記します。

 原子力発電所に係る耐震設計の概要(原子力安全・保安院)によれば、(平成18年以前の旧耐震指針)

 原子力圧力容器、炉心や制御棒駆動装置など重要な機器・配管系、及び、それら重要機器を支持・収納している建物・建築物の耐震設計として、以下の規定があります。

1 設計用最強地震として、発電所周辺で過去に発生した地震と周辺の活断層から想定される地震。・・・ S1地震力といいます。

2 設計用最強地震よりも大きな設計用限界地震として、周辺の活断層や地震地帯構造から想定される地震、及び、マグニチュード6.5の直下地震。・・・S2地震力と言います。

3 建築基準法で規定される静的地震力の3倍。

耐震基準として、設備毎に以下の区分が示されています。

重要度       耐地震力                      該当設備

Asクラス      S2の地震           原子炉圧力容器、制御棒及び駆動機構、原子炉格納容器

Aクラス       S1の地震及び 一般建築物の3倍の地震  非常用炉心冷却系、非常用ガス処理系

Bクラス       一般建築物の1.5倍の地震力          タービン設備、廃棄物処理系 
Cクラス       一般建築物に対する地震            発電機、重油タンク

 ここでわかるように、各設備毎に耐震基準を変えています。すなわち、原子炉圧力容器はAsクラスで最も耐震力を高め、タービン建屋はBクラスで良いことになっています。このようにランク分けすることにより、原発の建設コストを低く抑えることができます。

 ここで、平成18年以降の新耐震指針をなぜ使わなかったか。理由は、記述内容があまりにも難しすぎて理解できなかったからです。しかし新耐震指針ではAsクラスをSクラスに、S1とS2をSsに読み替えているだけです。新旧であまり大きな違いはないでしょう。なぜなら、平成18年以前の原発を新耐震指針に適合するように、大幅に変更したとは聞いておりませんから。間違っているかも知れないので心配な方は調べてください。いずれにせよ、各設備毎に耐震基準を変えているのです。

 地震に対して、原子炉だけ安全なら良いという考えです。耐震強度の違いにより、原子炉とタービンは異なった振動形態になり、これらをつなぐ配管類はこの振動の違いにより断裂することになります。阪神淡路大震災では、ビルの破壊は免れたものの、2つのビル間の空中通路は落下してしまいました。ビルのゆれが異なり、その歪が空中通路に影響を及ぼしました。空中通路を配管と見なしてください。

 注) 新耐震指針にはM6.5の記述はありません。

2011年10月12日 (水)

原発是非 国民的議論を ?

 「秋深し、鉄道の節電ダイヤも電力消費の反省も消え浮かれ始めた首都圏と違い・・・」これは新聞記事の一節です。報道は「国民的議論を」、「国民一人ひとりが」、「エネルギー政策を真剣になって」、「国民全体の意思決定」、「国民全員が参加できる政策決定の仕組み」等を訴えています。しかし、福島住民や原発立地住民を除いて、原発問題に関する意識が薄れつつあるように感じます。

 明らかにしなければならないことが山積しているにもかかわらず、報道記事は、段々、少なくなってきました。原発ものぐさ「減少した原発報道」を読んでください。

 事故当初から及び腰の報道機関もありました。原発記事をほとんど載せていない月刊誌もありました。経団連、経産省、政治家は原発維持の考えのようです。国民の代表である政治家は国民の声に耳を貸しません。政治家で原発問題に言及している人は一部分です。 

 このような状況で「国民的議論を」と言っても空しい響きにしか聞こえません。きれい事にしか聞こえません。どうしたら、「国民的議論」にまで高められるでしょうか。

 民間においても、国のエネルギー政策を論じる組織が発足しました。東海村は政府に対し原発廃炉の要請をしました。牧之原市議会は原発永久停止の決議をしました。これらが、ささやかな光明であり、希望です。

 民間や原発周辺の自治体が政府の政策を引っ張っていくしかないのでしょうか。幸いにも、EPZは拡大する方向のようです。

 原発問題に関するブログを立ち上げました。市町村長、県知事、首相官邸にもメールを送りました。原発訴訟のサポータにもなりました。デモにも2回ほど参加しました。これが私の限界です。

 東京における反原発デモ、1000万人署名運動、浜岡原発廃炉訴訟は国民への大きなインパクトです。しかし、国民的議論にまで結びつくでしょうか。

 報道関係者は、国民的議論にまで高めていく具体策を持っているのでしょうか。アンケートでは74%が脱原発、減原発ですが、イタリアのような国民投票を政府はやる筈もありません。なぜなら、原発維持ですから。

 国民一人ひとりが、真剣に国のエネルギー政策を考え、政府を動かしていくことが必要です。

 この「国民的議論を」高めていく手段は、報道による問題提起しかないと思います。新聞、雑誌、特に大きな役割を果たすのがNHKであると思います。

 チェルノブイリ並みの原発事故が起きたのです。報道関係者は広く国民に訴える手段をもっています。「国民的議論」にまで高めることを報道に期待します。報道こそ「のど元過ぎれば熱さ忘れるな」。

2011年10月13日 (木)

東海第2原発廃炉要望に続け 

 東海村は「東海第2原発の廃炉と新たな原子力規制体制の早期確立」を求めた要望書を、細野原発事故担当相に提出しました。原発立地自治体が、廃炉の要望をするのは、初めてで、「良くやった」という思いです。村上村長は、かつて、「JCO事故から何も学んでいない。原発を持つ資格に欠ける国だ」と述べています。まさに、そのとおりで、政治家や原発に係わるリーダたちの考え方(哲学)の貧弱さにはあきれてしまいました。まさに、的を得た発言です。

 村長は廃炉の理由として「半径30kmに居住する住民が100万人規模であり、原発立地条件として不適切だ」と述べています。村長の主張する根拠条文を捜してみました。

 原子炉立地審査指針の「17条 立地」には以下の記述があります。

原子炉立地審査指針は、万一の事故を仮定した場合に、公衆の受ける線量の評価値が判断の目安を下回るように、周囲の非居住区域及び低人口地帯距離の範囲並びに人口密集地帯からの十分な距離を確保すべきことが安全防護施設との関連において求められている。原子炉はその安全防護施設との関連において十分に公衆から離れていること、及び敷地及びその周辺は、必要に応じ公衆に対し適切な措置を講じ得る環境にあることなどを求めている。

 「原子力の安全に関する条約 日本国第5回国別報告(案)」には、上記赤字部分について以下の記述があります。

非居住区域  公衆が原則として居住しない区域。

距離の範囲 重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人がいつづけるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲。

低人口地帯 著しい放射線災害を与えないために、適切な措置を講じうる環境にある地帯(例えば、人口密度の低い地帯)。

 要するに、「公衆が原則として居住しない区域及び人口密度の低い地帯であったとしても、原発事故により放射線障害が及ぶ地域や人口密集地域は、原発からの距離を十分とらなくてはならない」と言っています。

 30km圏内に人口密集地帯を抱える東第2原発は、立地条件を満足していないことになります。

 放射線障害を与える可能性のある地域(福島原発事故では60kmを超え200kmにも達しています)の原発は立地条件を満足しません。

 要するに、放射線障害を与えるような原発は作ってはいけないと言っています。この条文は、原発は絶対に事故は起こさない(安全神話)の基に作られたのでしょう。

 難しい表現ですね。間違っているかも知れません。

 立地条件は、このように厳しいもので、政府は国民を原発事故から絶対守ると言っています。

 原発立地自治体は東海村に続き、廃炉要望書を提出してください。

 [ 抜粋 原子力の安全に関する条約 日本国第5回国別報告(案) ]

 原子炉立地審査指針では、万一の事故時にも、公衆の安全を確保するため、大きな事故の誘因となるような事象が過去及び将来においてもあるとは考えられないこと、また、災害を拡大するような事象も少ないこと、原子炉施設は、その安全防護施設との関連において周辺公衆から十分離れていること、原子炉施設の敷地は、その周辺も含め、必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあることを原則的な立地条件として定めており、この要求を満足する条件として、以下のように定められている。

1 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。
「ある距離の範囲」としては、重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人がいつづけるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲をとるものとし、「非居住区域」とは、公衆が原則として居住しない区域をいうものとする。

2 原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯であること。
「ある距離の範囲」としては、仮想事故の場合、何らの措置を講じなければ、範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲をとるものとし、「低人口地帯」とは、著しい放射線災害を与えないために、適切な措置を講じうる環境にある地帯(例えば、人口密度の低い地帯)をいうものとする。

3 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。
「ある距離」としては、仮想事故の場合、全身線量の積算値が、集団線量の見地から十分受け入れられる程度に小さい値になるような距離をとるものとする。

 

2011年10月19日 (水)

報道されない内部被曝

 食品安全委員会は七月下旬、規制の目安を「生涯累積で100ミリシーベルト」(自然放射線と医療被曝は除く)とする評価書案をまとめました。更に100ミリシーベルトは内部被曝と外部被曝の合計です。人生を100年とすると年間1ミリシーべルトです。厳しい規制値です。

 それ以後、この数値に基づく食品摂取量と被曝量との関係が示されていません。結局、よくわからない数値です。現時点で、野菜、茶、米、肉等の放射能濃度は、1kgあたり500ベクレルと規定されています。これをを超えない食品は、出荷可能です。

 それでは、400ベクレルの野菜、400ベクレルの米、400ベクレルの肉を1年とり続けたらどうなるのでしょう。数値に具体性がなく不安がつのります。

 ドイツ放射線防護協会による内部被曝に対する提言(3/20)が日本に対してありました。ドイツにおける年間被曝線量0.3ミリシーベルトを基準に算出されています。それは

 「乳児、子供、青少年に対しては、1kgあたり4ベクレル以上のセシウム137を含む食品を摂取しないこと、成人に対しては8ベクレル以上を摂取しないことを推奨する。」

と述べています。

 乳児の食物摂取量を年間325kgとすれば、乳児の許容限度は年間1,300ベクレルとなり、成人の食物摂取量を年間830kgとすれば、成人の許容限度は年間6,640ベクレルとなります。

 1kg当り500ベクレル未満は安全だと言う政府方針と大きく異なります。

 ドイツ放射線防護協会が計算過程を示していないので独自に計算してみます。

 前提条件

 成人の食物摂取量 年間511kg、1日当たり1.4kg。

 年間許容被曝量 0.3ミリシーベルト。

 成人に対するセシウム137の線量係数 1.4×E-8とします。ここで、E-8とは10のマイナス8乗です。

 計算式は 年間食物摂取量(kg)×放射能濃度(ベクレル/kg)×線量係数(シーベルト/ベクレル)=年間被曝線量(シーベルト)とします。求める放射能濃度をAとします。

 簡単のため、半減期30年のセシウム137のみとして、半減期2年のセシウム134は除外しました。

 計算

 511×(A×1.4×E-8)=0.3×E-3となり、

 A=42ベクレル/kgとなります。すなわち、42ベクレル/kgのセシウム137を含む食物を1年間取り続けた場合、年間0.3ミリシーベルト被曝したことになります。

 成人は1kgあたり42ベクレルのセシウム137を含む食物を、年間で511kg摂取することになります。そして、年間におけるセシウム137の許容量は、21,462ベクレルとなります。

 それでは、1kg当り400ベクレルの食物を1日当り1.4kg摂取したとすれば、何日で年間許容量21,462ベクレルになるでしょうか。21,462÷(400×1.4)=38日となります。仮に、食品安全委員会が許容した年間被曝量1ミリシーベルトであったとしても、被曝量は126日で1ミリシーベルトに達してしまいます。

 このことは何を意味しているのでしょうか。できるだけ放射能汚染されていない食品を摂取しなければならないと言うことです。138ベクレル/kgの食品を毎日摂取した場合は、年間被曝量は1ミリシーベルトになります。今回は食品だけを対象としました。その他、空気や水からの内部被曝と外部被曝を加味すれば、もっと厳しい数値になります。

 間違っているかもしれませんが、驚きの数値です。政府は500ベクレル以下は安全であると言うような漠然とした数値を示すのではなく、内部被曝と外部被曝を加味した上で、許容できる食物の放射能濃度を計算し、健康を損なわないための食物摂取基準を示してほしい。

 ここで、チェルノブイリ原発事故から3年経過後のヨーロッパにおける食品汚染度を見てみます。乳製品、魚、肉、果実、野菜、穀類、茶、キノコ、香辛料130品目程度です。数値としての絶対値ではなく傾向を見てください。

 セシウム 10ベクレル/kg未満        63%

        10~50ベクレル/kg以下     9%

        50~100ベクレル/kg以下    8%

       100ベクレル/kg以上         19%

 あながち、ドイツ放射線防護協会の許容値が厳しすぎるわけではありません。福島原発事故直後の緊急時であるため、やむを得ないでしょうが、本来は上記ヨーロッパ程度の数値でしょうか。

 ご飯1杯、魚1匹、肉100gなどの保有カロリーを個々に明示し、健康維持のために、1日当たりの食事の摂取カロリーの限界を定めた栄養指導のような方法が良いかもしれません。この意味でも、暫定基準値以下だから安全だというのではなく、個々の食品の放射能濃度を測定し、公表すべきでしょう。

 世界中で、核実験が行われていた1960年当時、政府は一般家庭の日常食を集めて放射能を測り、数値を公表していました。一般市民の放射性セシウムの体内量の測定と線量推定も行われていました。

 今回は国民のパニックや政府責任を追及されかねないので、数値を曖昧にしようとしているのでしょうか。正確な数値を公表すれば、国民はパニックなど起こしません。放射線障害は5~10年以上で発症します。そのときになって、因果関係がないと言って、突き放すのでしょうか。住民は泣き寝入りです。

 関連記事(ものぐさ 内部被曝評価はシーベルトではなくベクレルで)。

2011年10月20日 (木)

野田首相 原発新設、増設容認だと ?

 野田首相は、10/18、原発の新設、増設を一部容認する考えを示しました。

 原発に関する発言を見ていきましょう。

8/30 代表選での発言

 電力は経済の血液。電力不足が日本経済の足かせになってはならない。原発の再稼動に積極的な姿勢。原発新設は事実上困難寿命が来た原発は廃炉にする。

9/16 所信表明演説での発言

 電力は経済の血液。電力不足が日本経済の足かせになってはならない。原発の再稼動に積極的な姿勢。

 この時点で、「原発新設は事実上困難」、「寿命が来た原発は廃炉にする」の発言が消え、原発新設廃炉の撤回に、首相は舵を切ったように見えました。

 そして、今回の発言です。「中国電力が建設中の島根原発3号炉の進捗状況が93%である事情を踏まえ現実的な判断をした」と発言しました。その一方、全くまっさらなところから新しいものを作るのはきわめて困難」とも発言しました。

 このように、発言が微妙に変化しています。島根原発3号炉の稼動が、念頭にあったとしたら、代表選でなぜ「原発新設は事実上困難」と言ったのでしょうか。そんなに首相の発言は軽くていいのでしょうか。

 先の衆議院選挙での「子ども手当て26,000円支給」、「八ッ場ダム建設中止」、「沖縄基地県外移設」発言と全く同じです。こんな事がまかり通っています。今回の「原発の新設、増設を一部容認」も、さもありなんですね。

 この調子であれば、次の発言も予想できます。新規立地で建設中または計画が具体的に進んでいる原発(Jパワー、東電、中国電力など4ヶ所、6基)は、全くまっさらなところからの新設ではない。「よって、建設を進め、営業運転を開始する」と言いかねません。「正心誠意」と言った勝海舟が泣いています。言葉遊びだけしているのですか。

 百歩譲ってみたとしても、発言の順序が逆です。「事故調査委員会での事故原因の究明とそれに対する対策、原発を安全とする基準、廃炉基準」を明確にした後、島根原発3号炉の営業運転を国民に対してお願いすべきです。

 エネルギー政策の方針を決めることもなく、先送りし、経団連、電力会社、推進派の政治家や官僚の圧力に押されて、その場しのぎで、方針を変更してしまう。公務員宿舎撤回発言もそうでした。

 松下政経塾ではこんな手法を学んだのですか。駅前演説時代にもこんな考え方でしたのですか。野田首相、あなたも政治家として一流になりました。

 細川元首相は、次のように言っています。

 国民が一番心配しているのは原発だ。この地震列島で、原発は制御不能な不完全システムだ。増設はやめ、安全性を確認できないものは即時停止し、寿命の来たものは廃炉とせよ。退路を断って、私なら脱原発と言う。

2011年10月22日 (土)

UPZ区域は原子力安全協定を締結せよ

 福島原発事故による放射能汚染は30kmを超え、350kmにも達しました。このことにより、政府はEPZの拡大を検討していました。今回、国際原子力機関(IAEA)が提唱するUPZ(緊急防護措置計画範囲)に倣い、原子力安全委員会はEPZの範囲を半径30kmに拡大する指針を示しました。

 EPZ(防災対策重点区域)は、防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲(以下「EPZ:Emergency Planning Zone」という。)として、半径8~10kmと定められていました。

 このEPZの外側の区域では、起こり得ないような原発事態が起き、放射性物質が放出されたとしても、屋内退避や避難等の防護措置は必要ないとされていました。実際は30kmを超える範囲で、放射能被害が起きてしまいました。このような理由によって、EPZを拡大することが検討されたのです。

 EPZ(防災対策重点区域)の範囲が拡大され、名称はUPZ(緊急防護措置区域)となりました。EPZとUPZと名称は変わっていますが、政府はEPZを拡大すると言っており、政府を信じて、EPZとUPZは同一の概念であるとしましょう。まさか、霞ヶ関文学ではないかと、一抹の不安はありますが。

 よって、原発事故発生時の放射線量測定結果に基づき、UPZ区域内の住民に対して、政府は避難や屋内退避などの防護措置を講ずることになります。

 EPZの拡大に伴って、UPZ区域となる浜岡原発周辺の市町は、御前崎市、牧之原市、菊川市、掛川市の4市から、焼津市、藤枝市、島田市、磐田市、袋井市、森町、吉田町を加え11市町となりました。これにより避難対象となる住民の数は大きく増加しました。

 UPZ区域の市町は、電力会社と原子力安全協定(ものぐさ EPZを拡大せよ)を結ぶ権利を有しています。

 原子力安全協定の締結により、市町は安全確保のための措置を電力会社に要求し、再稼動時の安全に対し異議を唱えることができます。住民の生命と財産を守るために、市町は原子力安全協定を結ばなければなりません。

 ところが、新たにUPZ区域となる7市町で原子力安全協定を結ぶと回答したのは藤枝市のみであり、あとの6市町は未定としています。未定とした市町のうち再稼動反対を表明している市町は2市町ありますが、なぜか動きが鈍いようです。昨日今日の話です。すぐには表明できないでしょう。

 ついでながら、今回新たに定められる防護対策の範囲を書いておきます。

 PAZ 予防防護措置区域      半径5km圏内   特定の事故発生で直ちに避難する。

 UPZ 緊急防護措置区域     半径30km圏内   避難、屋内退避の準備をする。

 PPZ 放射性ヨウ素対策区域  半径50km圏内   安定ヨウ素剤配備などの準備をする。

2011年10月23日 (日)

太平洋戦争と原発

 「この国のどうしようもない体質 」。こんなやりきれない気持ちが頭をよぎりました。まさに、「昭和初期の太平洋戦争に突入していった状況」と「原発が危険極まりないものだと明らかになったにもかかわらず、その政策を変えられない状況」が重なって見えます。

 不確かな知識ですが、その戦争の状況から話を進めます。

 日露戦争、第一次世界大戦の勝利を経て、軍事的、経済的に強くなった日本は、台湾、樺太、朝鮮をその支配下に治めていました。更にその影響力を強めるため、大東亜共栄圏なる思想のもとに、中国全土の支配を目論んでいました。

 これに対して、アメリカは、日本の中国からの撤退を主張し、経済的な圧力を加えてきました。特に、石油のストップは日本を苦しめました。

 大東亜共栄圏の思想や中国への侵攻の目的は、エネルギー確保や経済至上主義にあったようで、特に財閥であった経済界からの要望が強かったのだと思います。

 ますます、日本は孤立を深めていきました。外務省は、アメリカとの話し合いでなんとか戦争を避けようとしていましたが、軍部(特に陸軍)は戦争遂行を主張していました。そのような中で、真珠湾攻奇襲攻撃を皮切りに太平洋戦争が勃発しました。外務省、軍部の一部、一部の知識人はこの戦争に懐疑的でした。戦力的にはアメリカが圧倒的に強力であり、戦争が長期にわたれば、負ける可能性は目に見えていました。戦争が有利な時点で、日本は戦争を終結しなければならないのに、その戦略もなく、停戦タイミングも明確にしないまま戦争に突入しました。

 ミッドウェー開戦の大敗北を転機に、ソロモン諸島、ガタルカナル島、インパール、マリアナ諸島、サイパン島、ソロモン島、硫黄島、そして沖縄と敗北をつづけ、広島、長崎への原爆投下で終戦を迎えました。

 そして、その戦争敗北の総括もされていないと聞きます。

 このように、負けるとわかっていた戦争に突入し、ミッドウェー海戦での敗北前に停戦することもなく、大本営発表の嘘の情報でダラダラと戦争を続行しました。

 原発問題に話を移します。

 戦後しばらくたって原発の是非を研究していた頃、一部の学者からは慎重論が出ていたにもかかわらず、政府は「原子力の平和利用 注1」の名のもとに、強引に原発を推進しはじめました。これは、戦争突入前の状況に似ています。

 東海原発の商業運転を皮切りに、経済界、官僚、政治家等は、経済発展と時を同じくするように原発を更に推進していきました。これは戦争初期の状態に似ています。すなわち、その当時、日本の中国、南方への侵攻は目覚しいものでした。戦争主戦論者であった陸軍、海軍(官僚)は有頂天であったことでしょう。

 スリーマイル島原発、チェルノブイリ原発で大事故が起きたにもかかわらず、これらは操作ミスであり、日本ではこんなことは起こりえないと言ってきました。また、日本各地でも、大小の原発事故が起きたにもかかわらず、事実を隠蔽し、真実を隠し続けてきました。これは、大本営発表と称して、国民に真実を伝えず、嘘の情報を流してきたことに似ています。

 福島原発事故が起き、住民が苦しんでいるのもお構いなしに、政治家やこの国のリーダー達は原発を推進しようとしています。これは、太平洋海戦で負け続けているにもかかわらず、戦争を終結できなかった政治家、官僚(陸軍、海軍)に似ています。

 広島、長崎への原爆投下で、やっと終戦を決断しました。この決断は、政治家や官僚では決められず、天皇の裁可を仰いだと聞いています。

 戦争敗北の総括がありませんでした。原発事故では、各種委員会が設立され、事故原因を明確にすることができるのでしょうか。パフォーマンスでなければ良いのですが。早くも、原発事故の原因を津波にすり替えようとしています。

 この国のリーダー達は、どのような状況になったら原発をやめるのでしょうか。リーダーたちの体質を見れば、この国全体が、死の灰に覆われ、国家が滅んだときでしょうか。漢詩に「国敗れて山河あり、城春にして草木深し・・・」とありますが、原発事故が起きれば、放射能により、草木にさえ近寄ることができなくなります。

 皮肉を一言。

 この戦争により、農地法が改正され、財閥が解体され、平和憲法ができ、我が国は民主国家となりました。この戦争は、我々庶民にとって、逆説的に良かったのでしょうか。

 最悪の原発事故が起きた後には、幸せが待っているのでしょうか。

 注1 原子力の「平和利用」が表の顔なら、裏の顔は「原爆を保有し、再軍備すること」と言われています。その当時の政治家の思いは理解できなくはありませんが、現在保有しているプルトニウム保有量は広島型原爆1000個以上に相当すると聞いています。もう十分なプルトニウム保有量でしょう。 

 

 

 

 

 

2011年10月24日 (月)

沖縄基地問題と原発

 大部分の米軍基地が、沖縄に存在します。辺野古への基地移転に対し、沖縄県民の反発があります。政府はこの問題を解決しようと躍起です。日本の安全保障にとって、米軍基地の存在は大きいと感じています。沖縄県民から、「日本の安全保障のためになぜ沖縄が犠牲にならなければいけないのか」と言う反発が聞こえてきます。米軍基地が必要なら、日本全体で米軍基地を受け入れたらどうでしょうか。

 原発問題も、沖縄基地問題と全く同じです。電力需要の多い都会のために、なぜ、過疎地の貧しい村の住民が犠牲にならなくては行けないのでしょうか。

 法的根拠

 まず、原子炉立地審査指針の「17条 立地」が法的根拠になっています。乱暴に言えば、人口密集地帯の近くには建設しないで、人口密度の低い地帯に建設しろと言っているのです(ものぐさ 東海第2原発廃炉要望に続け)。

 その法律の結果、どうなっているのでしょうか。具体例を挙げます。

1 全国54基の原発は、すべて、貧しい市町村に建設されています。新増設についても賛成派と反対派が骨肉の争いをしています。都会には原発はなく、このような骨肉の争いはありません。

2 高レベル放射性廃棄物の最終処分場を北海道幌延町に計画しています。1980年に日本原子力開発機構は、廃棄物の貯蔵、研究施設建設に向け調査を強行。道民合意のないまま、機動隊を導入し、調査機材を搬入したといいます。

3 六ヶ所村の使用済み核燃料貯蔵施設は、一時貯蔵施設との名の下に、なし崩し的に最終貯蔵場になる可能性があります。

4 六ヶ所村に貯蔵しきれない使用済み核燃料は、全国54基の原発敷地内の貯蔵プールに大量に保管されています。プール内の燃料でさえ危険であることは福島原発事故で立証されました。

5 最終処分場候補として、高知県東洋町が候補に上がりましたが、議会や住民の反発で暗礁に乗り上げました。

6 人形峠周辺の旧ウラン鉱山跡地に近い地元住民がウラン残土の撤去を核燃料サイクル開発機構(旧動燃)に求めて訴訟を起こしています
 ところが、人形峠周辺が使用済み核燃料の再処理によって生み出された高レベル放射性廃棄物の処分場の候補のひとつになっています。
      

 福島原発事故で発生した、放射性廃棄物や焼却灰はどこへ持っていくのでしょうか。またもや、専門家は生活圏から離れた谷間にダムのような施設を作ることを提案しています。人里はなれた谷間は、田舎にしかありません。また、汚染土壌を入れたコンテナを浅い地中に埋める「人工バリア型」処分の提案もあります。これも田舎が候補地でしょうか。

 高濃度放射性廃棄物処分場候補は、全国の貧しい市町村にまだまだあります。

 

2011年10月28日 (金)

核武装と原発

 原発事故が起きたら、人間の手に負えないシステム。電気料金は決して安くはない。放出された放射性廃棄物の半減期は数万年。原発事故は日本を滅ぼしかねない。国民の70%が原発に反対している。

 このような状況下で、なぜ、政府は原発を推進しようとしているのでしょうか。原子力村住人(政府、官僚、経済界、学者、マスコミ等)の既得権益や相互間の利害関係だけでは理解できません。原発事故の悲劇に比べれば、このような既得権益や利害関係は大したことではありません。隠された重大な理由があるのでしょうか。

 戦後から話を進めます。戦後、中曽根元首相は日本経済の発展のために必要だとして、原発の導入を検討していました。原発投下による核アレルギーのある状況下において、「原子力の平和利用」という言葉は、国民の目を原爆からそらし、国民を説得するための格好のキャッチコピーでした。資源エネルギーの少ない日本にとって、原発は必要であると言うために「原子力の平和利用」を持ち出したのです。

 それから、全国的に「原発の平和利用」キャンペーンを展開しました。敗戦国がゆえに、戦勝国から侮辱的な扱いを受けたとも聞きます。戦後の指導者は、日本を再び豊かにし、経済的にも軍事的にも、再び大国と肩を並べたいと思ったことでしょう。核保有は大国としての象徴でした。

 原発を推進すればするほど、原発からプルトニウムが大量に生成されます。そして、そのプルトニウムは核爆弾の原料です。アメリカは原爆を生産するために原子炉を作ったのです。「いつでも核爆弾を作れる」と、日本は外国に示すことができます。当時の政治家が、そのように願望を持っていたとしても、不思議ではありません。事実、日本は原爆1000個以上に相当するプルトニウムを保有することになりました。このような理由であれば、原子力村住人の既得権益や利害関係など副産物程度でしかありません。

 原発推進とともに、宇宙開発の名の下に、ロケット開発も進めました。このロケットに核爆弾を搭載すれば、立派なミサイルになります。

 いまや、六ヶ所村の再処理工場は、技術的に完成する見込みはありません。当然、アメリカ、フランスでも撤退しています。なぜ、再処理工場に固執するのでしょうか。多量のプルトニウム保有は核拡散の立場から国際的な問題です。六ヶ所村再処理工場は、外国に対する言い訳でしかありません。その言い訳のために、できもしない再処理に莫大な金をつぎ込んでいるのです。

 政府にとって、外国の脅威から国を守ることが、原発事故のリスクより重要であると考えたのでしょう。あえて国民とは言いません。

 アメリカとソ連の冷戦も終わりました。原爆1000個以上のプルトニウムも保有しました。原発による電気も安くはありません。プルトニウムの無毒化には10万年もかかります。福島原発の周辺住民はいつ故郷に帰れるかもわかりません。生涯にわたって健康管理が必要となる人もいます。福島原発の廃炉には30年以上が必要です。廃炉するための技術も今から開発しなければなりません。政府は目を覚ましてください。軍事力を背景とした外交交渉は時代遅れではないでしょうか。

 TTP問題も、参加、不参加でもめています。議論の下手な日本は、交渉で、譲歩させられ、国益を損なうことになると言うのが不参加の理由です。TTP交渉ばかりではありません、タフな交渉を丁々発止できるような政治家になってください。

 家の中のガンガン犬。これは田舎の方言でしょうか。家の中で大声でほえている犬が、散歩で外に行くと吠えもしないで、うつむいて歩いている様を言った言葉です。

 

2011年10月30日 (日)

内部被曝とウクライナ基準

 健康に影響を及ぼす食品からの生涯被曝累積量は100ミリシーベルト以上とした評価書を、食品安全委員会は厚生省に答申しました。当初、100ミリシーベルトは外部、内部の合計線量としていましたが、「説明不足だった」として、食品摂取による内部被曝に限定しました。

 どこからか、クレームでも来たのでしょうか。同委員会は、「外部被曝はしかるべき機関が策を請じるべきだ」と述べています。内部、外部を合計した全被曝量についての影響評価ではありません。これで、国民の健康を守ることができると判断しているのでしょうか。

 いくつかの疑問があります。

1 土埃による内部被曝が考慮されていません。

2 生涯被曝累積量100ミリシーベルトは、1年当たり1ミリシーベルトの被曝量に相当します。内部被曝の大部分は時間の経過と共に体外に排出されるとしても、その一部は肺、内臓、筋肉、骨に蓄積します。セシウム137の生物学的半減期(物理学的半減期は30年)は100日程度と言われています。100日経過すれば体内のセシウム137は半分になります。1年後の体内残存量は1割程度です。2年、3年と徐々に体外に排出されるとしても、毎年毎年、新たな放射能を体内に取り込みます。内部被曝の蓄積量も無視できません。

3 医療行為に伴う外部被曝も無視できません。胸部X線で0.4ミリシーベルト、胃(バリウム)X線で3.3ミリシーベルト、胸部CTで9.1ミリシーベルトといわれています。

4 年間被曝量20ミリシーベルト未満で、緊急時避難準備区域は解除されました。そこの住人は毎年20ミリシーベルトの外部被曝にさらされます。内部被曝1ミリシーベルトとは雲泥の違いです。

 ドイツ放射線防護協会による内部被曝に対する提言(3/20)が日本に対してありました。ドイツにおける年間被曝線量0.3ミリシーベルトを基準に算出されています。ものぐさ「報道されない内部被曝」より。

 それは

 「乳児、子供、青少年に対しては、1kgあたり4ベクレル以上のセシウム137を含む食品を摂取しないこと、成人に対しては8ベクレル以上を摂取しないことを推奨する。」

と述べています。

 食品に含まれる放射能量(例えば、10ベクレル/kg未満 不検出)を記載した都内の食品売り場が評判を呼んでいます。数値を表示してあるので安心して食べられるのでしょう。

 給食用農産物について、松本市は放射能検査を始めました。国の暫定基準値は500ベクレル/kgであるが、松本市はウクライナ基準である40ベクレル/kgを採用しました。セシウム137について、日本とウクライナにおける基準を比較します。

                 日本                      ウクライナ

飲料水         200ベクレル/リットル              2ベクレル/リットル

牛乳・乳製品      200ベクレル/kg             100ベクレル/kg

野菜           500                      40

 ウクライナ基準もドイツ放射線防護協会の推奨値も日本に比べて大幅に低い基準です。内部被曝と外部被曝を合計した生涯被曝累積量で国民の健康を守らなければなりません。都内の食品売り場が評判になってることは、国民が、日本政府の言っていることを信用していない証拠です。

 関連記事(ものぐさ 内部被曝評価はシーベルトではなくベクレルで)。

2011年10月31日 (月)

原発推進議員の奇妙な反論

 東海第2原発が立地する東海村村長は、脱原発の姿勢を鮮明にしました。東日本大震災の震源域が、もう少し南にあれば、同じ高さの津波の襲来を受け、今ごろは避難しており、故郷を失ったかも知れないと述べています。そして、東海村を原子力の安全研究拠点にしようという構想を打ち出しました。

 同村議会原子力問題調査特別委員会にて、議員7人中、村長の意見を評価した議員は1人でした。評価しなかった議員は「原発のおかげで発展した村が真っ先に脱原発を言うのは、先人を愚弄している」と村長を批判しました。なんとも奇妙な反論です。原発を推進しようとする根拠になっていません。原発推進の理由がないから、このような発言しかできないのではないかと勘ぐってしまいます。多くの自治体でこのような発言がみられます。

 各文言を見ていきましょう。

 「原発のおかげで発展した村」 これは一面において事実でしょう。しかし、原発を誘致した多くの自治体は、交付金漬けとなり、いまや、30年間隔で、原発を増設しなければ自治体の運営が立ち行かなくなくなってしまいました。農業、漁業も衰退しています。原発周辺に立地する企業も離れていくでしょう。原発誘致により失ったもののほうが大きいように感じます。東海村が継続的に発展していくには、更なる増設しかありません。薬物中毒患者のようです。これが幸せな発展と言えるでしょうか。

 「真っ先に脱原発を言う」 真っ先に言うことと、2番目以降に言うことの違いはどこにあるのでしょうか。嫌なものは否、良いものは良いと主張するのが、自立した人間でしょう。特に村民から選ばれた議員ではなおさらでしょう。真っ先に言うことで嫌われたくないと思っているのでしょうか。その嫌われたくない人は誰ですか。原発関連に従事している人ですか。電力会社ですか。政治家ですか。

 「先人を愚弄している」 先人は、政府、電力会社、学者の言う「偽りの安全神話」を信じて誘致したのでしょう。先人もだまされていたのです。原発は危険なものであると説明を受ければ、先人は原発の誘致に踏み切らなかったでしょう。村民の生命、財産を守る為の方針転換をなぜ「先人を愚弄している」と考えるのでしょうか。

 

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