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2011年12月30日 (金)

津波到着前に原発は壊れていた  

 政府事故調査検証委員会(畑村洋太郎委員長)は12/27に中間報告を公表し、公正中立な立場で、多くの問題を明らかにしてくれました。特に、原発関係者を除いた有識者による事故解析である点は評価します。案の上、この報告書に対する東電からの反論がありました。大きな事故を起こした当事者である以上、この報告書を真摯に受け止め反省する度量が欲しいものです。東電の官僚的な傲慢さが垣間見れます。これでは自己改革は難しいでしょう。

 中間報告で気になる点があります。国民は、「この原発事故が地震で起きたのではないか」と疑っています。政府、東電は津波対策をすれば原発は安全であるといった論調に終始しています。地震により、柏崎刈羽原発は事故を起こしました。津波ではありません。その他の原発でも、地震や老朽化で事故が発生しています。もし、地震で福島原発が壊れていたとしたら大問題です。津波対策だけでは、第二の福島原発事故が発生します。

 中間報告は「一部研究者の間には、原子炉圧力容器・重要な配管類の一部が、地震により破壊されたのではないかの指摘もある。当委員会のこれまでの調査では、そうした事実は確認できていない」と触れているだけです。

 「ええっー。そんな。突っ込み不足ではないか」。このように感じていたところ、翌日のテレビ報道は標記のような問題提起をしていました。まとめて見ます。私の感想や他の識者の主張も混在しています。

 1 二重扉により、津波は原子炉には入らない。よって、津波による配管等の破断は考えられない。

 2 17時50分、現場ホワイトボードには「IC組撤収。放射線高い。オーバースケール」との記載がある。こんなに早くキセノンはでない。

 3 スウェーデンでは3/22よりキセノン(ウランが核分裂してヨウ素ができ、それが自然崩壊したもの)が急上昇(従来の1000倍)した。これは炉心からの放射能だ。気象条件を入力して、逆算すれば、キセノンの放出は17時50分頃と推定できる。 

 4 元GE設計者曰く 「M9は設計の限界を超えている。この原発の耐震限度はM7~7.5だ」。

 5 東電は、「津波到着前の原子炉圧力容器の圧力変動は配管破断状態を示すものではない」と言っている。しかし、専門家は「同配管に0.3mmの穴を開けたシミュレーション結果は東電の提供した圧力容器の圧力変動と全く同じである」と言っています。これは穴が開いていた証拠ではないか。

 6 東電は5/16に「主要機器以外の細管などが破断して水漏れが起こった可能性については「なかったとは言い切れない」と、否定していない(週間エコノミスト)。

 7 現場作業員は次のように言っています。炉心から10mの位置で配管が落ちてきた。プールの水があふれていた。タービン建屋配管が落下した。天井クレーンが落ちた。

 8 田中氏(元原子炉製造技術者)は、「原子炉の緊急停止直後は、核分裂生成物による崩壊熱で圧力が上昇するときだ。そのとき圧力が低かったとすれば、どこからか、水か蒸気が流出し、圧力が抜けていたと考えることができる。」と述べています(ものぐさ 東電原発事故中間報告)。

 9 3/11、15時29分に1号機から1.5km離れたモニタリングポストで高いレベルの放射線量を示す警報が鳴った。大津波が福島第一原発に到着したのは数分後である。 

 以上のように、数多くの証言があります。地震による配管の断裂で原子炉が破壊し、津波到着により電気系統が制御不能となり、急速に炉心溶融へと突入していったのではないかとのストーリーも十分考えられます。

 このような証言や炉心データがありながら、中間報告書は地震による配管破断について、「そうした事実は確認できない」と述べているだけです。

 津波によるものか、その前の地震による配管破断なのかは、原発の安全対策を行なっていく上で極めて重要です。可能性がゼロでなければ、安全側にたった報告書とすべきであると考えます。

 事故経過の要約。

 14時46分     地震発生。

 15時11分以前  冷却材喪失事故のための格納容器内のスプレーが2台とも起動。 

 15時29分     モニタリングポストで放射線検出。

 15時42分     福島原発、津波到着。

 17時50分     「放射線モニタ指示上昇のため作業員撤収」。

 18時頃       核燃料の頭頂部まで水位が下がり「燃料の一部露出」。

             炉心の温度は急激に上昇。

 19時30分     燃料棒「全露出」。

             燃料被覆管は、1800度を超えて溶け始めた。

             20分ほどで炉心中央上部が溶けて崩落。

 21時        燃料ペレットが溶け始め、2800度に達した。

 21時16分     原子炉の水位が4.5m低下。

 翌2時46分    原子炉内の圧力、約70気圧が8気圧に低下。

 翌2時46分    格納容器内の圧力が7.4気圧に上昇。

 翌6時50分    炉心が完全に溶融(メルトダウン)した。  

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