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2012年9月18日 (火)

どう見る 民主党原発政策

 9/14、政府は原発政策を明らかにしました。その骨子は以下の通りです。一見原発ゼロに向けての宣言のように見えるが、国民は期待してよいのでしょうか。以下、疑問点を挙げます。

1 (骨子)2030年代、原発ゼロが可能となるよう、あらゆる政策資源を投入する。

 「あらゆる政策資源」とは、太陽光発電に代表される自然エネルギーの導入、シェールガスに代表される天然ガスの買い付け価格の低減、発送電分離(機能または法的に分離)、電力自由化、スマートグリッド化、省エネ機器の開発、節電、固定価格買取制度、研究費や補助金の増額等を言うのでしょう。

 原子力政策には膨大な資金が投入されてきました。それに比べれば、他のエネルギー開発等に対する資金投入は微々たるものです。太陽光発電コストは、2030年には現在の30円/kw・hから7円/kw・hに低下するとも言われています。

 政策にどの程度の資金が投入されるのでしょうか。資金がなければ研究・開発は進みません。資金の投入程度が、政府の「やる気」の試金石となります。発送電分離や電力自由化は順調に進むのでしょうか。これも政府の「やる気」の試金石となります。監視していく必要があります。「原発をゼロとするために、徹底的に政策資源を投入する」と、政府は言うべきでしょう。覚悟がありません。

 30年代に原発をゼロにすると言いながら、島根3号機(進捗率 93.6%)と大間原発(同37.6%)の工事は再開されます。原発の安全基準は決定していません。国民に対し、この発言は「原発推進」と写ります。完成すれば50年代まで稼動でき、骨子と矛盾します。

2 (骨子)40年の運転制限を厳格適用し、安全確認された原発は再稼動する。

 「運転制限」とはどう言う意味でしょう。40年での廃炉と同じでしょうか。確認したいものです。条件を満たせば一定期間の延長を可能とする例外規定を「厳格適用」は認めない、と言うことでしょうか(ものぐさ 原発廃炉 40年は本当か)。

 9月に設立される原子力規制委員会の判断により、安全の確認された原発は再稼動します。しかし、委員長及び委員について、国会の同意が必要であるにも関わらず、人事案は審議されず、野田首相は国会閉会中にその人事を政治判断で認める模様です。委員長と2名の委員については、国民から疑問の声も出ています(ものぐさ 原子力規制委員会は中立か)。そのような委員会の判断を国民は納得できるでしょうか。同委員会の判断を監視していきましょう。

3 (骨子)原発の新増設はしない。

 現在建設中や計画途上の原発はどうするのでしょう。島根3号機と大間原発の工事は再開します。これは、工事再開を望む立地自治体に配慮したものです

4 (骨子)核燃料サイクル事業は続ける。

 この文言は矛盾しています。このような発言が政府の信頼を落とすのです。

 まず、核燃料サイクルの中核である高速増殖炉「もんじゅ」の実現は不可能です(ものぐさ 核燃料サイクルは軍事目的だったのか)。「もんじゅ」が稼動できないにも関わらず、六ヶ所村再処理工場は稼動します。プルトニウムは生産され続け、再処理に伴う高レベル放射性廃棄物は増え続けます。その付けは、将来の世代が10万年にもわたって負担することになります。プルトニウムを混入したMOX燃料によるプルサーマル発電も試みられていますが、原発よりも危険であり、地元の反発も強く、プルサーマル発電は不可能でしょう。

 また再処理工場が再稼動すれば、その過程で放出される放射性廃棄物は原発からのそれよりも遙かに危険度が高いといわれています(ものぐさ 六ヶ所村 核燃料再処理工場再開か  怖い 六ヶ所村再処理工場)。

 では、何故、このような矛盾した政策をし続けるのでしょう。

 1つには、立地自治体の立場を考慮しています。青森県と六ヶ所村は、同地域を最終処分場としないことを前提に再処理事業を受け入れました。その契約には、「①使用済み核燃料の最終処分場としない。②再処理が困難になれば、使用済み核燃料は青森県から搬出する。」と書かれています。②によれば、六ヶ所村の使用済み核燃料は、全国の原発に送り返され、全原発は、たちどころに停止に追い込まれます。使用済み核燃料の最終処分場を決める前に、このような事業を始めた当時の政府に責任があります。

 また、青森県は、「再処理に代わる振興策などありえない」と、核燃料サイクルの維持を訴えています。当然、核燃料サイクルの破綻や再処理の怖さは認識しているはずですが、再処理事業がなくなれば、自治体財源となる電源3法交付金が入らなくなります。青森県としてはお金の問題です。これに対しては、立地自治体の財政が破綻しないような期間限定の交付金の創設しかありません。

 2つ目は、アメリカ政府との関係があります。「原発ゼロ」を説明するため、9/12、政府は首相補佐官をアメリカに派遣しました。官房長官は「訪米の結果が当然考慮の対象になる」と記者会見で述べています。アメリカの対応によっては、「原発ゼロ政策」を撤回するということでしょうか。政府は国民の声より、アメリカの意向を重視しているようです。

 使用済み核燃料に含まれるプルトニウムの保有を、平和目的を前提に認める「日米原子力協定」の見直しが浮上しかねません。プルトニウム生産は、核燃料の再利用をするためであり、決して軍事利用ではないと言うのが日本の立場です。(ものぐさ 核燃料サイクルは軍事目的だったのか)。核燃料サイクルが破綻すれば、「何のためのプルトニウム生産か」とアメリカから追求されます。このように日本が怯える「日米原子力協定」とはどのようなものでしょうか。興味がわきます(ものぐさ 日本が怯える日米原子力協定)。日米安保条約を締結しているのだから、国益を損なわない方策をアメリカと本音で話しあうべきです。

5 (骨子)廃棄物の減量などを目指した研究を行い、年限を区切って成果を確認の上、研究を終える。

 9/12、民主党が提出した原案「高速増殖炉もんじゅは、廃棄物削減を目的とした期間限定の研究炉とする」と異なります。「研究炉」と言う文言が消えています。「研究炉」ではなく、「もんじゅ」をそのまま運転し続けるということでしょうか。以前起きた「ナトリウム火災事故」を思いだします。骨子の目的に沿った、危険性のない装置での研究を望みます。

 「もんじゅ」の予算を削ってでも、再生可能エネルギーに予算を投入してください。メリハリを付けた政策を望みます。

6 (骨子)再生可能エネルギーの発電量を現在の3倍(3000億kw・h)以上とする。

 具体的な数値目標は歓迎します。

7 (骨子)原発立地自治体への支援措置を講ずる。

 原発立地自治体は「原発ゼロ」により財政破綻します。電源3法交付金に代わる支援だとすれば、「脱原発」後の地域振興策に大きな役割を果たします(ものぐさ 原発廃炉交付金の新設をせよ)。これを指しているのでしょうか。

8 (骨子)戦略は検証を行い、不断(絶え間なく続く)に見直す。

 これは、当然です。しかし、国民が忘れた頃「こっそり」と原発推進に変更されてはかないません。経済官庁幹部は、「ゼロ目標を今後見直す可能性を広げた」と言っています。「原発ゼロ」にはできない、または原発推進もありえるということでしょうか。

 以上見てきたように、国民、経済界、アメリカ、原発立地自治体等に配慮したギリギリの方針です。国難とも言うべき原発事故が起きたのです。願わくば、政治の強い意思や哲学を骨子として欲しいと感じました。「原発ゼロ」と言ったものの、「後は、野となれ、山となれ」と、政府が思っているとしたら、国民は浮かばれません。歯止めとして、この政策の法制化を望みます。

 

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