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2013年4月

2013年4月 1日 (月)

福島原発 甲状腺障害

 2/14、福島県が行なっている子供(震災時18歳未満)の甲状腺検査において、新たに2人が甲状腺がんと診断され、あわせて計3人となりました。原発周辺13市町村3万8114人の中から見つかりました。子供の甲状腺がんの発生率は100万人に1人が通説であるが、今回の検査では、1万人に1人の割合であり、100倍も大きいこととなります。他の7人にも甲状腺がんの疑いがあり、約8割の確率で甲状腺がんの可能性があると言われています。疑いのある人を含めた10人の内訳は男性3人、女性7人です。因みに、甲状腺の診断結果は、異常なしの「A1」判定、5mm以下の結節や20mm以下ののう胞ありの「A2」判定、5.1mm以上の結節や20.1mm以上ののう胞をありの「B」判定、直ちに二次検査を要する「C」判定に区別されます。

 これに対して、県民健康調査委員会は、原発事故の影響ついて否定的な見解を示し、県が秘密裏に進めた「準備会」では「がん発生と原発事故の因果関係はない」と見解をすり合わせ、県立医大教授は、「チェルノブイリ原発では最短で4年後に発症が増加している」「元々あったものを発見した可能性が高い」「原発事故との因果関係は考えにくい」と語っています。チェルノブイリ原発事故(1986年)後の1996年に、甲状腺がんが放射能の影響であると国際的に認められているにも関わらず、県はその否定にやっきのようです。

 事故から26年経過したチェルノブイリ原発事故による甲状腺がん患者(事故当時の年齢が18歳未満)の推移を見てみます。データは、ウクライナ内分泌代謝研究センターのものです。ウクライナの子供の人口1200万人に対し、事故前の甲状腺がんは年間4、5例でした。ところが、年間の発症数は事故後26年たった今でも増え続けています。事故発生時で19人だったものが、1年目で26人、2年目で23人、3年目で39人、4年目で62人、5年目で70人、10年目で189人、20年目で474人、そして昨年は700人です。そして、甲状腺がん患者(事故当時の年齢が14歳未満)の10万人当りの年間発症数は、5年目で1人、10年目で3人、15年目で7人、そして、23年目の2009年における発症数は10万人当たり9人です。2009年は、実に1万人当たり1人の発症割合です。その割合は、現在の福島県と同じではありませんか。目を疑って、何度もデータを見直しました。

 ウクライナでは、いつ患者数が減少するのかわかりません。全ての子供が事故発生時の1986年に被爆したにも関わらず、発症時期が何故異なるのでしょう。これは、被曝線量が高い人は早く発症し、低い人は遅く発症するのではないかとも言われています。チェルノブイリ原発事故と福島原発事故の被曝量の差がどの程度か判りませんが、事故から2年経過しただけで、「因果関係は考えにくい」と言うべきではありません。

 また福島県は、内部被曝の検査においてホールボディーカウンタ(注1)に比べて精度が高いとされる尿検査に難色を示しています。専門家は、「被害を低く評価するため少しの内部被曝でも検出できる尿検査はやりたくないとの本音を見せたくなかったからでは」と批判しています。

 更に、子供の内部被曝を調べるための乳歯保存についても福島県は「反原発の命の主張」とレッテルを張り、拒否のための情報収集をしていました。

 食物、水、土ぼこりの吸入等により、放射性物質は体内に取り込まれ、内部被曝量は増加します。特に、肺に付着した放射性物質は、組織の細胞膜を介して、放射線を放出し続け、DNAを傷つけます(ものぐさ 内部被曝とウクライナ基準 報道されない内部被曝 年間被曝量20ミリシーベルトとは 町に武田教授がやってきた)。

 放射線の強さは距離の2乗に反比例すると、言われています。すなわち、放射性物質から2mの距離における放射線の強さは、1mのそれより1/4に減少します。離れれば離れるほど被曝量は小さくなります。逆に、近づくほど増大し、放射性物質から50cmの距離の放射線の強さは、1mのそれより4倍に増加します。細胞膜に付着した時の放射線量は、細胞膜との距離を1μm(10のマイナス6乗メートル)とすれば、なんと1兆倍となります(注2)。あまり大きすぎて、計算間違いかと疑ってしまいます。間違っていたら指摘してください(注3)。モニタリングポストで常時観測されている外部被曝と異なり、内部被曝は簡単に計測できず、その影響も無視できません。計測をきちんとやり、適切な措置を早めに行うことは、住民の安心につながります。

 福島県は、住民を見ているのか、どこを見ているのか疑問です。福島県や国は、住民の受けた被曝量をあらゆる手段を使ってでも収集し、健康管理し、障害が出たときの対処や保障に結び付けていく責任を負っています。原発事故や放射線障害を過小に評価し、損害賠償額を低く抑え、原発事故の風化を積極的に図るなどの魂胆があるとすれば、言語道断です。水俣病の二の舞は避けたいものです。

 関連記事(ものぐさ 内部被曝評価はシーベルトではなくベクレルで)。

 (追記1) 弘前大学被曝医療総合研究所は、浪江町の町民2393人のデータを基に、放射性ヨウ素による甲状腺の内部被曝量は最大で4.6ミリシーベルトと推定しています。この数値は、安定ヨウ素剤の服用基準(50ミリシーベルト)より低く、健康への影響は少ないと言います。この4.6ミリシーベルトは、11年7~8月に実施したホールボディーカウンタの数値と同4月の放射性ヨウ素の測定値からヨウ素とセシウムの比率を算定して、推定したものです。

 (追記2) 3/29、環境省は弘前市、甲府市、長崎市の3市で実施(3/8)した甲状腺検査の結果を公表しました。以下、福島県の結果とあわせて示します。

 福島県 年齢(0~18歳)  人数(13万3089人)   「A2」と判定された割合(41%)

 3市   年齢(3~18歳)  人数(4365人)      「A2」と判定された割合(57%)

 環境省は、「3市の数値が大きいのは、しこりが見つかりにくい0~2歳を対象にしていないことが原因」としています。それにしても、年齢対象を何故同じにしなかったのでしょう。見つかりにくい乳児が含まれているほうが判定割合が小さく出るのは当たり前です。何か意図があるのでしょうか。いずれにせよ、ウクライナのデータからも判るように、4~5年経過した時点まで待たざるを得ないようです。

 (追記3) 6/5現在。 事故発生当時18才以下だった子供、174,000人の内、甲状腺がん患者は12人、疑いのある患者は16人となった。

 (追記4) 8/21現在の福島県民健康管理調査(約36万人が対象)。事故発生当時18才以下だった子供、216,809人の内、甲状腺がん患者は18人、疑いのある患者は25人となった。うち4割は事故直後から4ヶ月後までの被曝量を行動記録などで推定する基本調査を終え、2ミリシーベルト未満。(追記1)では、4.6ミリシーベルトは、安定ヨウ素剤の服用基準(50ミリシーベルト)より低く、健康への影響は少ないと言っていますが、2ミリシーベルト未満でもがん患者が発生しているのは何故ですか。

 (追記5) 11/12、「県民健康管理調査検討委員会」は「甲状腺がんと確定した子供は26人、がんの疑いは32人」と記者会見で公表。がんが確定した26人は手術を受け、経過は良好という。原発事故と甲状腺がんの因果関係はないと、この期に及んでも言い張っている。

 (追記6) 2/8、「県民健康管理調査検討委員会」は「甲状腺がんと確定した子供は33人、がんの疑いは42人」と記者会見で公表。原発事故と甲状腺がんの因果関係はないと、この期に及んでも言い張っている。

 (追記7) 5/19、「県民健康管理調査検討委員会」は「甲状腺がんと確定した子供は50人、がんの疑いは39人」と記者会見で公表した。

 (追記8) 8/24、「県民健康管理調査検討委員会」は「甲状腺がんと確定した子供は57人、がんの疑いは46人」と記者会見で公表した。調査対象は、30万人。関連記事(ものぐさ 環境省 福島vs青森・山梨・長崎の甲状腺検査 統計的な有意差 ?

 (追記9) 12/25、「県民健康管理調査検討委員会」は「甲状腺がんと確定した子供は84人、がんの疑いは24人」と記者会見で公表した。甲状腺検査は4月から2巡目に入り、1巡目で「問題ない」とされた4人が「がんの疑い」と診断されている。

 (追記10) 2/12、「県民健康管理調査検討委員会」は「甲状腺がんと確定した子供は86人、がんの疑いは23人」と記者会見で公表した。4月からの2巡目の検査で、1人がんと診断された。

 (追記11) 2/27、小児科医・高松氏は、「112人に甲状腺がんが見つかっている。国立がんセンターの調査では、国内の子供たちの甲状腺がん手術は10万人に1.1人。2011年の浜通りの検査では、10万人に30人を手術している。異常多発だ。」と述べている。

 (追記12) 4/30、「県民健康管理調査検討委員会」は甲状腺がんと確定した子供は98人、がんの疑いは14人と公表した。対象者は36万7685人。実に発生率は3700人に1人となった。2巡目の検査で、15人ががん、24人ががんの疑いと診断された。

 (追記13) 12/1、甲状腺がんと確定した子供は100人、がんの疑いは13人となったた。これは、1巡目と2巡目を含めた結果であり、実に3300人に1人となった。子供の甲状腺がんの発生率は100万人に1人が通説である。これを大きく上回っているのは、精度の高いスクリーニング検査の結果であると関係者は言っているが、2巡目の検査(2015年9月末時点での検査者は18万人)でも、15人ががん、24人ががんの疑いと診断された。2巡目だけでも4700人に1人の割合だ。この事実を前にしても尚、関係者は「チェルノブイリ原発事故に比べ被ばく量が少なく、事故当時5歳以下の発症がないことなどから、放射線の影響は考えにくい」と言っている。放射線の影響であると、なぜ認めないのか。

 (追記14) 2/15、県民健康調査検討委員会は、甲状腺がんと確定した子供が100人を超え、全国の罹患率の数十倍になるとの最終案を大筋で認めた。この結果に対して「考えにくい」と評価しながらも「完全に否定できない」としている。放射能の影響をやっと認めた模様だ。2巡目の検査では、16人ががん、35人ががんの疑いと診断された。

 (追記15) 3/17、福島県民の健康調査の一環として県が実施している子供の甲状腺検査で、昨年末までに166人が甲状腺がんやがんの疑いとされた。有識者でつくる県の検討委員会は全国的な統計に基づいて推計される患者数に比べ「数十倍多いがんが発見されている」と指摘。検討委や環境省は「放射線の影響とは考えにくい」としている。

 (追記16) 9/15、福島県民の健康調査の一環として県が実施している子供の甲状腺検査で9/14、2巡目の甲状腺検査で新たに4人ががんと診断された。1巡目の検査を含めがんやがんと診断された数は174人にもなる。内訳はがんが135人、がんの疑いが39人。

 (追記17) 12/31、福島県民の健康調査の一環として県が実施している子供の甲状腺検査で、がん、ないしがんの疑いが184人。100万人当たり5.5人。

 (注1) 一般的に使用されているホールボディーカウンタの検出できる最低は尿検査よりも50~60倍高く「不検出」になるケースが多い。将来的に健康被害が生じても、証拠がなく、被害者の切捨てにつながる。

 (注2) 放射線源からの距離をr(m)、任意の距離の放射線の強さをA、比例定数をkとすれば、

   A=k/r          (1)

 で表され、r=1の距離における放射線の強さをA0とすれば、A0=kとなり、(1)式は

   A=A0/r          (2)   

 となります。ここで(2)式にr=1μm=10のマイナス6乗を代入すると、

   A=1,000,000,000,000となります。 

 (注3) 「距離が0になったら放射線の強さは無限大になるのか」との指摘があります。そんなことはありません。放射性物質の放出する放射線の強さが上限となります。かといって、問題がないと言うわけではなく、ある一定の距離に近づくまで、この法則は成り立つのです。  

 

2013年4月 3日 (水)

浜岡原発訴訟 傍聴記 回答を引き延ばしするな その4

 3/21、静岡地方裁判所で行なわれた浜岡原発訴訟の第八回口頭弁論を傍聴しました。第六回(ものぐさ 浜岡原発訴訟 傍聴記 構造の欠陥と海水流入 取水塔 アスペリティー その3)に続き4回目です。

 朝、9時35分までに裁判所に集合し、行列に並びました。定員オーバーした場合には抽選です。一般傍聴席42人に対し、希望者は17人。全員が入廷できました。

 向かって左に原告、右が被告(中電)です。原告側20人超、被告側20人弱でした。一般傍聴17人、うち女性2人、高校生とおぼしき男性1人でした。たぶん春休みなのでしょう。裁判官3人、報道関係者は今回少なく7人でした。

 裁判及び記者会見の内容について、裁判後に配布された「準備書面8、9」を参考にして、以下、記します。

 (準備書面8)

 同書面8は、国会事故調査委員会の報告書を基に、被告の責務について言及したものです。特に、地震による原子炉損傷の可能性、シビアアクシデント対策、地震想定の誤りについて問うています。

 そして、原子力規制委員会は、「南海トラフの巨大地震による震度分布・津波高について」を含む最新の科学的知見に基づいて、耐震設計審査指針、安全評価指針を全面的に見直すべきであるとし、「より厳しい想定での基準を設定した上で、事前に想定しなければならない地震と津波の規模を確定し、それに原発が耐えられるか否かを検証しなければならない。耐えられないと判明したら、すぐに廃炉を決めなければならない」と、原告は被告に要求しています。

・ 昨年2/28、国会事故調査委員会に対し、東電幹部は「(原子炉が入る建物の内部は明かりが差し、照明を使えるのに)真っ暗」「道に迷えば恐ろしい高線量地域に出くわしちゃいます」「迷うと帰り道は判らなくなる」などと虚偽の説明をして現地調査を断念させました。しかし、同委員会は、地震そのもので原子炉が損傷した可能性があるとして、6つの根拠(略)を挙げています。仮に誤った事故原因を前提として「新しい基準」が策定されたならば、安全性に欠ける「新しい基準」基づいて原発は再稼動される事態となる。

・ 国と東電は、「福島原発事故が津波だけの原因ではなく、地震の想定が間違っていたこと」を認めるべきである。

・ 原発リスクは想定外を想定しなければならない。テロ、ミサイルや飛行機の墜落を想定した具体的な安全性に中電はどのように対処するのか答えてほしい。

・ P、S波が同時に襲った場合、制御棒入らない可能性もあり、核暴走が起きる。使用済み核燃料の冷却システムが、ネズミ一匹の侵入で22時間も停止した。この事実が示すように、いくら事故対策を立てても、ストーリーはそのように進まない。

・ 一旦認めた原発内部の見学を、中電は拒否した。事故の影響を受ける住民も原告に含まれており、原告であるとの理由で見学を拒否して欲しくない。新安全基準を踏まえ、見学ポイントを絞る。

・ 公共体である中電は、利害を超えて正々堂々と議論せよ。

・ 景気は原発の有無ではなく、為替相場に左右される。今、原発が稼動していなくても、景気は上向き始めたではないか。

 (準備書面9)

 同書面9は、原告の提出済み準備書面に対して、被告の釈明を要求しています。ミサイル等の落下対策や防水構造扉の実効性を問うものです。

・ 原発へのミサイル等による攻撃、航空機が墜落したり隕石や人工衛星の一部や宇宙ゴミなどの落下があった場合、放射能漏出事故が生じないような対策を講じているか。

・ 浜岡原発の停止は、横須賀米海軍の機能不全を恐れた米国の要請による。

・ 敷地内に侵入した津波への対応策としての防水構造扉(外側強化扉と水密扉を含む)は、それぞれ何枚あるか。同扉を閉める手順、必要人数、要する時間を示せ。

・ 4~5分て津波が到来し、地面も地震の影響で波打っている可能性もある。全ての防水構造扉を閉鎖することは可能か。1~6m浸水するが同扉で安全か。津波の遡上や越流に対する耐力は中電のシミュレーションに含まれていないのではないか。決死隊を組むのか。机上の空論で良しとするな。安全性に関して具体的な内容で答えることを求める。中電からの書面はダラダラであり、踏み込んだ書面の提出が何時になるのか明確でない。

・ 津波が防潮堤へ衝突した場合、津波は1.5倍程度跳ね上がり、津波の高さを保ったまま、海水は遡上する。これについて中電は答えていない。平成26年までに調査するというが、放っておくのか。

・ 最も少ない時の運転員は何人か。その時に非常事態が生じた場合、防水構造扉を全て閉鎖するために、どのような防災計画を立てているのか。

・ 防水構造扉や同扉の周囲の壁や床、ドア枠が、地震動や地盤沈下、断層のずれなどにより、崩壊又は変形したために、同扉が閉まらなくなる事態を想定した防護策は講じているのか。

 中電は、津波に対する安全対策を「折込ちらし」で盛んにPRしています(ものぐさ 疑問 浜岡原発津波対策)。4/1にはテレビCMを出していました。しかし、裁判において、中電は安全対策に対する釈明もしません(被告の書面を見ていないので間違っているかも知れません)。先延ばし戦術ですか。安全対策に自信があるなら、正々堂々と議論すればよいものを。更に、証人尋問も下記に示すように平成26年9月まで先延ばし状態です。

 このように、公共媒体を通して安全対策をPRしておきながら、裁判では何も釈明していないとするならば、これはいかがなものでしょう。かつては、安全神話が、新聞、テレビ、博覧会を通して盛んにPRされました。その結果が福島原発事故です。世論誘導、洗脳行為とも感じるのは私だけでしょうか。

 今後の日程

・ 第九回 5/23  準備書面のやりとり           10:30

・ 第十回 8/29  新安全基準を踏まえた準備書面   10:00

・ 証人尋問  7~10人を予定。中電の先延ばしにより、書面の出揃った26年9月以降か。今年いっぱいの高裁尋問も参考にする。

 

 

 

2013年4月11日 (木)

生贄か 浪江・小高原発計画断念

 3/28、東北電力は浪江・小高原発について、「県民の皆様が長期避難を強いられ、大変な苦労の中にあって、計画を続けることはできない。」と述べ、計画を断念しました。悲惨な状況を目の当たりにし、東北電力の判断は当然のことです。

 他の建設計画中の島根原発3号機、上関原発1、2号機、川内原発3号機、東通原発(東北電)2号機、東通原発(東電)1、2号機、敦賀原発3、4号機についても、同じことが言えるのではないでしょうか。

 この発言の深意はどこにあるのでしょうか。

 上記文言を他の原発においても適用すれば、「原発立地県の皆様が長期避難を強いられ、大変な苦労をする可能性のある原発について、計画を続けることはできない。」という論理が成り立ちます。逆に、計画を断念しない電力会社は、「原発立地県の皆様が長期避難を強いられ、大変な苦労をする可能性があったとしても、計画を続ける。」と言っていることになります。心優しい決断をした東北電力は、少なくても、東通原発(東北電)2号機についても断念すべきです(注1)。

 一方、安全が確認されれば、政府は原発の再稼動を認めるとしています。大手を振って建設及び再稼動に突き進むのでしょう。何故、同原発に限って、計画を断念するのでしょう。そして、他の電力会社は「だんまり」を決め込んでいるのでしょうか。同原発を「生贄」とすることで、他の原発の建設や再稼動を容易にしようとの思惑があるのでしょうか(第一の理由)。

 福島原発事故後、政府は唐突に浜岡原発を停止しました。直後、他の原発立地自治体からは「何故浜岡原発だけなのか」との疑問の声が上がりました。聞くところによると、他の原発の再稼動をしやすくする狙いがあったとも言われています。同じ風景が浮かびます。

 東北電力は計画取りやめに伴い、2013年3月期決算は180億円の特別損失となります。その損失額を上回る理由があるのでしょう。以下、独断的に思いついたまま理由を挙げてみます。

 計画断念の第二の理由として、①建設予定地(150ヘクタール)の約8割しか取得できておらず、漁業補償交渉などを含めると運転開始まで相当の時間がかかること。②反対運動も今まで以上に大きくなること。③活断層調査等で、安全基準に適合しない場合が出てくること。④今まで以上に安全対策費用がかかること。⑤原発に対する政府の方針が見えず、途中で梯子をはずされかねないこと。⑥建設したくないとの考えが東北電力にあること。⑦国策だから、国の言うことに逆らえない。やめる良いチャンスだと思っていること。等が考えられます。

 国民にとって何よりも大切なことは、原発反対の意思表示を持ち続け、これを発信していくことだと思います。そうすれば、安全基準をみる国民の見方が厳しくなり、原子力規制委員会は原発稼動のハードルを上げざるを得なくなり、(実効性のある防災計画ができない等の)矛盾点が露呈し、電力会社は自ら廃炉を決断するでしょう(注2)。ドイツの元首相は「脱原発は国民次第だ」と言っています。今一度その言葉を心に刻みましょう。

 (注1) 東通原発2号機の新設計画「16年度以降の着工、21年度以降の運転開始」の予定を震災後は「未定」と変更している。

 (注2) 米国で廃炉に追い込まれる原子力発電所が相次いでいる。老朽化や福島原発事故を受けた規制強化に加え、シェールガスの開発ブームで原発のコスト競争力が低下しているためだ。「シェール革命」が原発大国を揺さぶっている。 

2013年4月17日 (水)

参加しよう 原子力市民委員会

 4/15、教授、弁護士ら11人は、脱原発実現に向け政策提言をするシンクタンク「原子力市民委員会」を発足させると発表しました。以下、原子力市民委員会HP「設立にあたって」より抜粋しました。

・ すでに破綻を来している原子力政策を再び政府が推し進めようとするのであれば、われわれ市民は市民の手で、多数の民意に立脚した脱原子力政策をつくり、実現してゆくよりほかありません。

・ 市民グループや自然科学・社会科学・人文科学にわたる幅広い科学者、技術者、弁護士などの方々とともに、この局面において市民が取り組むべき課題について検討を行い、この度、脱原発社会を構築するにあたっての課題を把握・分析し、政策をつくる場として、「同委員会」を立ち上げることになりました。

・ 同委員会が取り組む4つの課題
  ① 東電福島第一原発事故の被災地対策・被災者支援をどうするか
  ② 使用済核燃料、核廃棄物の管理・処分をどうするか
  ③ 原発ゼロ社会構築への具体的な行程をどうするか
  ④ 脱原発を前提とした原子力規制をどうするか

・ これらの政策をまとめる過程では、市民が現状を認識し、幅広い人々による民主的な議論が行われる場を設けていきたいと考えています。

・ 脱原発社会の道筋を拓くための政策をまとめ、その実現をめざすには、あらゆる分野の専門家・研究者ならびに市民の英知を結集することが不可欠です。

・ 原子力市民委員会の活動に、多くの人々が関心を寄せ、参加してくださることを願っています。

 同委員会への市民の参加形態は、①同委員会への市民傍聴、②同委員会の取り組み課題に対する情報提供、③寄付とのことす。

 更に私の希望を挙げておきます。

 原発の設置許可や建設・運転などを止めようとする裁判のほとんどが住民側の敗訴で終わってきました。しかし、福島原発事故以降「裁判官の本気度が明らかに変わってきた」と、脱原発弁護団全国連絡会の河合宏之代表は話しています。そして、再度、訴訟やその準備が全国30団体で進行しています。

 某裁判の記者会見で、「資金力の差を痛感している」との発言が弁護士からありました。電力事業者の証人尋問や安全に関する裏づけ実験等に要する資金力、原子力村の政治力と原発再稼動に向けての理論武装は大きな壁となります。従前通りの裁判ではとても太刀打ちできないと感じています。この反省により、河合代表は、全国の弁護団の連絡会を作り、情報の共有や意思疎通を図りながら裁判闘争を進めています。これも大きな力でしょう。

 同委員会には、裁判の証人に関わってくれる科学者、技術者、法律家、原子力産業に関わってきた人たちが、設立の趣旨に賛同して集まってくれつつあると聞きます。そもそも、原子力村の安全に対する理論は、屁理屈にも近く、無理筋でもあります。同委員会は脱原発を唱える有識者の知見を総動員して、電力会社や原子力村に対抗できる理論武装を構築して頂きたい。その結果が全国各地で行なわれる裁判のバックアップや世論の高まりにまで及んでいくことを切に望んでいます。

 昨年11月、内閣府原子力委員会が取りまとめた「政策を見直し(再処理せず地中に捨てる)直接処分案」は、経産省資源エネルギー庁のクレームにより拒否されてしまいました。核燃料サイクルが破綻しているのは、誰の目にも明らかです。国も政治家も全くあてになりません。市民が声を上げ、世論を高めていくしか方法がありません。

 また、青森市と福島県郡山市長選では、自民、公明党が押す候補者が敗北しました。偶然でしょうか。原発推進を図る自民党への流れが変わってきたのでしょうか。市民に近いところから脱原発の声を再び高めることが必要です。

 最後に一言。中国や北朝鮮は国外に敵を作り、内政問題から国民の目を逸らすことが常套手段となっています。安倍政権も、必要以上に中国や北朝鮮問題を国民に意識させ、先の衆院選挙で大勝しました。参院選で過半数を勝ち取った暁には、憲法改正、国防軍の創設、徴兵制が待っているのでしょうか。 

2013年4月19日 (金)

老朽化原発 シュラウド・再循環系配管のひび割れ 配管の減肉

 40年廃炉問題に関して、昨年の9/19に発足した原子力規制委員会は「①40年ルールの延長は相当困難。②安全性にわずかでも曇りがあれば躊躇なく運転終了を判断する。③40年廃炉ルールの妥当性を検討。」と発言しています(ものぐさ 原子力規制委員会 安全基準の策定 その1)。

 その後、トーンダウンしたのでしょうか。規制基準案には、40年廃炉に関する記述はなく、報道において「40年運転制限制については4月段階で織り込む方向」と述べられているに過ぎません。骨抜きになり、なし崩し的に60年まで延長されてしまいそうです。

 老朽化原発の問題について考えて見ます。

 老朽化の1つとして、脆性破壊について指摘しました(ものぐさ 原発廃炉 40年は本当か 廃炉の基準は その1)。まず、おさらいをしておきます。

 圧力容器は、中性子を浴び続けると、容器内部に微小な欠陥が生じ、その結果、金属は粘りを失って脆くなります。この脆くなる境界の温度を脆性遷移温度と言います。運転当初、ー16℃であった玄海原発1号機の脆性遷移温度は2009年4月時点において、98℃に上昇しています。この温度以下になると、炉心はガラスのように破壊されると言われています。冷却材喪失事故により、緊急冷却装置が稼動した場合を想像してみてください。原子炉自体が爆発する可能性もあります。

 その他、老朽化の典型として、シュラウド(注1)や再循環系配管類(注2)のひび割れ 配管の減肉があります。これらの事実は隠蔽されたり、「大きな問題ではない。放射能漏れはない。」と言うように過小に報道されてきました。

 今回は、ひび割れ等の発生件数と事故の怖さを明らかにします。

 まず、2005年/末時点で稼動していた53基の原発の事故件数を示します。

 1994年から2005年2月までに、17基の原発において、26件のシュラウドのひび割れが報告されています。早いものは運転開始8年(女川原発2号機)で発生しています。

 2002年から2005年3月までに、18基の原発において、29件の再循環系配管のひび割れが報告されています。これについても、早いものは運転開始8年(女川原発2号機)で発生しています。

 2002年から2005年2月までに、18基の原発において、22件の配管類の減肉が報告されています。これについても、早いものは運転開始9年(女川原発2号機)で発生しています。

 上記損傷事故は、30年以上運転した原発で5件、25年以上30年未満で15件、20年以上25年未満で7件、15年以上20年未満で27件、10年以上15年未満で15件、10年未満で8件発生しています。最も早い原発は運転開始後わずか8年で損傷しています。8年以上経過すれば、ひび割れ等の損傷は何時おきてもおかしくない状況です。あまりにも事故件数が多く、国民はその怖さを感じなくなってしまいました。 ひび割れや減肉とはどういったもので、どのような危険性を秘めているのでしょうか。以下記します。

1 シュラウドのひび割れ

・ 初期、原発のシュラウドの材質はSUS304ステンレス鋼でした。溶接時、材料が鋭敏化しやすく、応力腐食割れ(注3)が起きやすいと言われてます。福島第二原発2号機では中央リング(注4)の内側に、円周にわたるひび割れが公表されました。

・ 改良され、応力腐食割れに強いと言われたSUS316Lステンレス鋼でも大きなひび割れを起こしています(福島第二3号機)。これまでにないひび割れで、グラインダ等により表面に生じた加工層が変形し、硬化することが原因です。

2 再循環系配管類のひび割れ

・ 応力腐食割れに強いSUS316Lステンレス鋼に交換しても、配管のひび割れが起きています(浜岡原発1号機)。水があって、腐食しやすい配管内面で腐食は生じます。特に、管と管のつなぎ目、弁とのつなぎ目、ヘッダーと呼ばれる枝分かれ部、原子炉とのつなぎ目で起きやすいと言われてます。

3 原子炉上蓋のひび割れ

・ 大飯原発3号機では、上蓋の制御棒案内管から白い粉(ホウ酸)が析出。これは原子炉からの水漏れを意味します。その他、美浜原発3号機、高浜原発1、2号機でも上蓋が交換され、その数は、交換予定を含めると18件に上ります。原子炉緊急停止に支障を来たし、炉心溶融の可能性も捨て切れません。

4 配管類のひび割れ

・ 2004年、美浜原発3号機で、直径56cm、肉厚1cmの配管が破裂し、140℃の蒸気が噴出し、4名が即死、7名が全身やけど(内1名は2週間後に死亡)する事故が起きました。

・ 減肉に強いと言われるSTPA23低炭素合金鋼やSUS304Lステンレス鋼に変えても、減肉傾向は変わりません(女川原発1号機)。

5 ひび割れの計測は信頼性できるか

・ 超音波検査(UT)はひび割れを過小評価する傾向があります。極端な例として、12mmの深さのものを2mmと計測したり、7mmの深さのものをひび割れなしと計測しています。

・ これを改良した超音波検査(改良UT)はひび割れを過大評価する傾向があります。極端な例として、7mm弱の深さのものを13.5mmと計測したり、5mm程度の深さのもの10mmと計測しています。

・ どちらにしても検査の信頼性を疑わせるものです。

 10年以上経過すれば、ひび割れ等の損傷は何時おきてもおかしくない状況です。原子炉や再循環系配管類以外にも、タービン・復水器等、原発のほとんどの個所で事故・故障が起きています。こんな状況で、地震に襲われたらどうなるでしょう。ひび割れの進んだ配管は、破断しやすく、冷却水が喪失し、炉心溶融する可能性もあります。人間の手に負えない、なんと不条理な機械でしょう。 

(注1) 原子炉圧力容器内で燃料集合体と制御棒が配置された原子炉中央部を覆っている円筒状のステンレス容器。

(注2) 原子炉圧力容器内の冷却水を、再循環ポンプ、ジェットポンプを介して炉心へ強制循環させ、炉心で発生した熱を除去する機能のほか、ポンプの速度を制御し、冷却水供給量を変化させて原子炉熱出力を制御する機能をもつ。

(注3) 粒界腐食が起こり、割れが進展する現象。ステンレスを溶接する時、近傍が熱を受け(熱影響部)、この部分では、800~600℃の温度を通過するとき、クロム炭化物の粒界析出鋭敏化が起き、溶接部の不均一な収縮により内部に引っ張り応力が残留する。この材料を水中の酸素イオンがアタックすると、材料は結晶粒界から割れていく。

(注4) シュラウドは上部、中間部、下部リングからなり、使用条件が厳しい中間部以外にも、上部や下部リング、シュラウドサポート等あらゆる場所の溶接近傍や母財部にひび割れが見つかっている。

2013年4月25日 (木)

講談師 神田香織 脱原発を訴える

 4/20、静岡市で、講談師神田香織さんの講演会を聞くことができました。講演会に先立って、三上湖西市長は挨拶の中で「ドイツが原発をやめたのは、ミサイル攻撃のリスクを恐れたためだ。6月の県知事選挙には川勝知事が立候補する。同氏は999%再稼動反対なので、迷っている人は知事に投票して欲しい」と、話していました。

 さて、神田香織氏の話についてメモした内容を記します。不確かですが、大筋を感じ取ってください。同氏は、福島原発から55km南下したいわき市の出身です。落語は「笑い」、浪曲は「涙」、講談は「怒り」をテーマにした話芸とのことです。同氏は31年前に講談の世界に入りました。2つ目になった時、サイパンを訪れ、「バンザイクリフ(天皇陛下バンザイと叫び、後ろ向きに崖から飛び降りたという絶壁 注1)」を見たことがきっかけとなり、講談のテーマを「戦争」としました。その後、広島で触れた「はだしのゲン」の影響を受け、「核に係わる講談」を語ってきました。

 チェルノブイリ原発事故が起きてからは「チェルノブイリの祈り」も語ってきました。被曝を受けたA夫婦の話は衝撃的でした。チェルノブイリ原発事故の消火作業あたったA氏は、700レントゲン(7000ミリシーベルト)の被曝を受け、モスクワの病院に搬送されました。夫人は付き添い、付きっ切りで夫の看病をしたのですが、わずか2週間(?)のうちにみるみる病状は悪化し、口・舌・頬には小さなできものができ、それが層になって剥がれ落ち、顔、体の色は青・赤・灰色がかった褐色となり、髪は抜け、1日25~30回の下痢には血と粘液が混じる。体中が水ぶくれ、それが破れてシーツが血だらけとなり、両手に皮膚がくっつく。その後、死んでしまいました。その病院で働いていた医師たちも病人から間接的に被曝を受け、死んだのですが、なぜか、A夫人だけはその後も生き続けることができたのです。何故でしょう。そのときA夫人は妊娠しており、A夫人の被曝した放射能は、全て、胎児に吸収され、生後わずか4時間で乳児は死亡(肝硬変)したのです。胎児が身代わりとなり、A夫人は死なずに済んだのです。A夫人は、夫と、産まれてきた乳児まで失ったのです。こんな悲劇があるでしょうか。講談調の話に目頭が熱くなるのを覚えました。

 激励のため、二本松市の仮説住宅を訪れた時の話が以下続きます。

・ 除染後、0.3マイクロシーベルトに下がった土地は、0.6マイクロシーベルトに上昇してしまった。除染ご搬入した砂利が放射能汚染されていたためです。

・ 大熊町は5年で帰れるというが、その具体的行程表は何も示されていない。

・ 福島から大津に移住した青田恵子さんの詩も披露されました。東電の対応を皮肉ったものです。ネットで、その詩を詠むことができます。{神田香織」、「青田恵子」で検索してみてください。

・ 除染で儲ける人が、除染作業を進めている。

 原発事故による「怒り」や「悲しみ」が伝わってくる講演内容でした。

(注1) 米軍に追われ追いつめられた日本の兵士や民間人は、約80mの断崖絶壁から飛び降りた。2005年、サイパン島を訪れた天皇陛下は「あまたなる 命の失せし崖の下 海深くして 青く澄みたり」と詠まれた。

 海の彼方の日本に、自分の父母、妻、子供に思いを馳せ、青く澄みわたった海に飛び込んでいった無念さが伝わってきます(ものぐさ)。

 4/22、麻生副総理は靖国神社を参拝をしました。戦争で亡くなった英霊に対する参拝であることについては異論ありません。しかし、同神社には、東京裁判で死刑宣告等を受けた戦争犯罪人も祭られているのです。負けると判っている戦争に突入し、ミッドウエー、サイパン、硫黄島、沖縄と惨敗を続け、多くの国民を死に至らしめました(ものぐさ 太平洋戦争と原発)。降伏するチャンスはいくらでもあったのに、メンツなのでしょうか。広島、長崎への原爆投下まで、戦争終結できないままでした。戦争を遂行した政治家や軍人を戦争犯罪人とした東京裁判を、私は支持します。

 安陪首相は、憲法改正を主張しています。改正の次は、国防軍の創設、徴兵制の立法化でしょうか。160人程度の政治家が靖国神社を参拝することに「不気味」さを禁じえません。麻生副総理らは、太平洋戦争を正当化し、東京裁判で死刑宣告等を受けた戦争犯罪人の汚名を晴らそうとしているのでしょうか。

 私は、親中派でも共産主義者でもありません。

2013年4月28日 (日)

4月の庭

00001 4月の庭の全景写真です。庭も緑がまぶしくなりました。手前から、白い芝桜、右側のシャラの木は若葉をつけました。中央の赤はモミジです。

00005 いらっしゃい。左手前はドウダンツツジです。桃色の花は、開花が早いのでツツジだと思います。花は小さくサツキのようですが。正面は高尾モミジです。その向こうはシダレモミジです。高尾モミジとシラカシの間に見える木はチョウセンマキです。順番に見ていきましょう。                                                                                                                                                                                                                                    

00090 ドウダンツツジです。1月の庭でつぼみを紹介しました。釣鐘状の白い花が下向きに開いています。公園などでは刈り込みするが、私はこの状態で紅葉するほうが好きです。

00019 左手に、桃、赤、白色のツツジが見えます。花びらは小ぶりでで、かわいらしい花です。

                                         

00091 ベンチに座って休憩です。左から赤色のツツジ、ヤマボウシ、ハナミズキシダレモミジ、高尾モミジとなります。見えませんが、ベンチの後ろにチョウセンマキがあります。イヌガヤ科で名前に朝鮮とついているが関係ありません。幹から分枝し、枝は直立します。

00070 上を見上げると、高尾モミジが見えます。芽吹いた直後の葉はやわらかく繊細です。葉には産毛があり、光に白く反射しています。是非実物を見てほしい。先端に5ミリ程度の花が房状に咲いています。秋になると竹トンボのような実は風に乗り、回転しながら飛んでいきます。                                                            

00094 ベンチの右下はヒメツルニチニチソウです。右下が斑入りで、左上は斑入りではありません。雑草を押しのけて逞しく広がります。グランドカバーに最適です。                                                                  

00108 ベンチを立ち上がり右に下がるとシダレモミジです。左右に赤色と白色のハナミズキが見えます。

00061 近づいてみましょう。まず、シダレモミジです。先端はモミジの花です。

00041 白色のハナミズキです。花のように見えるのはガクです。

00151              

              

                    

赤色のハナミズキです。                 

00086 前方に芝桜が見えます。これもグランドカバーですが、時々、雑草を抜かないと、芝桜が絶えてしまいます。

                                                                   

00072中央ルートを進んでください。左手はキンメツゲ、右はツツジ(堀カン)です。                

00118 階段の手前を左に進んでください。

00022            

           

            

            

        

   

右手に黄色のツツジが見えます。冬は落葉します。            

00069_2

階段の中央右は高尾モミジです。根元はツツジ(堀カン)です。 

 

        

   

 

                                                   

00057階段を上りきり下を見ます。手前がオオテマリです。                     

00104 左に曲がります。中央に見えるのがシダレモミジです。 

 

         

           

            

                                            

00136 近づいてみましょう。右上はツツジ(堀カン)です。                          

00063更に進むとツツジが見えます。白色がミヨノツツジ、桃色はヒラドツツジです。                                

                             

                             

                             

                                

                

00107 元に戻り階段を上ります。手前はサツキ(ハカタハク)、上部の黄色の花はオウバイです。                                 

00060 更に上ります。                               

                                      

                                    

                                      

                                     

                                        

                                    

                                                                           

00089前に進むとヒラドツツジです。

00050階段を進み展望台に向かってください。左はヒラドツツジ、右はシャラノキです。                          

            

                           

00042展望台を左に折れ日陰の庭に向かってください。手前は平戸ツツジです。満開です。                                                                                                                

00129 前方の白い花はオステマステルマムフィリップス、その上はリキューバイ(利休梅)です。               

                

             

                 

                     

                                                 

00160オスティオスペルマムフィリップです。夏の暑さにも強いキク科の花です。

00155 リキューバイです。なばなの里で買ってきました。                        

                            

                           

                          

00139 前方に進むと、エゴノキの根元に宿根イベリスが咲いています。アブラナ科で、トキナワズナとも言われています。

00156 右にはブルーベリーの花が咲いています。秋は楽しみです。                        

                            

                             

00171 更に進むとベンチがあります。手前はオモト、左はタイツリソウ、その奥は日本アジサイです。紐で支えられているのはナンキンハゼです。近づいてみましょう。

00165 タイツリソウです。ケマンソウともいいます。ハートの形の花が一列に連なって咲きます。タイを釣ったようです。         

00128 日本アジサイです。

00135クリスマスローズです。花弁に見えるのはガクです。                      

         

          

           

00161 赤い葉の山ザクラです。                                           

00164 緑の葉の山ザクラです。                        

            

               

                           

                                                                     

                          

                       

00004 山ザクラです。ソメイヨシノほど華やかではないが、花と葉が同時に咲き、上品な花です。  

                    

                              

                              

                           

                                    

別の場所にご案内します。

00112 源平モモのようですが。

00105 チューリップです。                          

                                       

                                      

                                   

                                      

                                    

                                         

00021 ようやく咲いたフジです。土砂災害で埋もれてしまいあきらめていたものです。何年か前に地中から芽を出し、ここまでになりました。

00102 ヤマブキです。

                            

   

 

             

               

              

                    

本日は長時間にわたるお付き合いをいただき、ありがとうございました。

                               

                                         

                                                    

                                                                 

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