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2013年9月 2日 (月)

再稼動への奇妙な論理

 政府は原発の再稼動を躍起になって進めようとしています。これは安倍首相の言う成長戦略の4本目の矢なのでしょうか。

 また、電力会社は、赤字解消のために、住民の生命の安全など考えもせず、出来るだけ安上がりな対策で原子力規制委員会の審査をパスしようとしているようです。彼らは、本心からこれで安全だと思っているのでしょうか。

 電力会社、自民党、政府、同委員会の発言について違和感を感じています。絶対安全でない原発を再稼動しようとするところに、違和感の原因があるように感じています。「無理が通れば道理引っ込む(注1)」と言うことでしょう。その結果、第二の福島原発事故が起きれば、苦しむのは正に住民です。原発立地自治体は「植民地(注2)」だと言う識者もいます。

 再稼働に関する各関係者の発言を拾い上げてみます。発言は噛み合わず、責任の所在が不明瞭になっているように感じます。

1 自民党の論理。

・ 原子力は「安全第一」の原則の下、原子力規制委員会の専門的判断をいかなる事情より優先。原発の再稼動の可否は順次判断し、全原発について3年以内の結論を目指す。中長期的エネルギー戦略の確立に向け、遅くとも10年以内には持続可能な電源構成のベストミックスを確立。・・・11/22の自民党公約

・ 原子力規制委員会が安全だと判断しない限り再稼動はない。安全だと判断されたものは再稼動を進める。・・・衆議院選挙後

 以上、(ものぐさ 自民党原発政策)。

・ アベノミクスを下支えするため、原発再稼動を加速する。・・・参議院選挙前(ものぐさ 不気味な足音 自民原発推進)。

・ 安全性については、同委員会の専門的判断に委ね、その上で、国が責任を持って、安全と判断された原発の再稼働については、地元自治体の理解が得られるよう最大限の努力をする。・・・参議院選挙後(ものぐさ 参院選後 自民原発推進か)。

 上記から判断すると、「同委員会が安全と判断した原発については、国が責任をもって地元自治体を説得する」と言うのが自民党の再稼働に対する論理のようです。

2 原子力規制委員会の論理

・ 電力事業者と一線を画した規制行政を必ず実現する。活断層の影響があると判断された原発は再稼動を認めない。・・・衆院議院運営委員会の理事会における田中氏の発言(ものぐさ 原子力規制委員会は中立か)。

・ 同委員会は、原発の安全性を専門的に判断する権限しかなく、再稼動の是非を判断しない(ものぐさ 米原子力規制委員会(NRC)にみる原発再稼動の責任)。

・ 同委員会は2/7、「発電用軽水型原子炉施設に係る新安全基準骨子について」に関する意見募集を開始したが、4/4の資料において、表題が「第21回発電用軽水型原子炉の新規制基準・・・云々」となり、「新安全基準」が抜け落ちている

 不確かであるが、「同委員会は規制基準に対する適合性を評価する立場である」との文面を見た記憶があります。原発の安全を審査するするのではなく、自らが作った規制基準に適合しているか否かを判断するに過ぎないのであると感じました。

 決して原発が安全であるといっているわけではありません。シビアアクシデント対応において、同委員会は放射能の外部への拡散を想定し、緊急避難計画を策定することを自治体に要請しています。

 結論として、同委員会は原発の新基準への適合性を審査するに過ぎないのです。安全性は審査していないのです。決して安全であるわけではありません。

3 電力会社の論理

 再稼動の申請書を同委員会に提出し、規制基準に適合しているかの審査をしてもらう。できるだけ安上がりな対策で規制基準に適合することが至上命令となる(東通原発 活断層認定 その後)。

4 再稼動への政府の論理の飛躍

 「同委員会が安全と判断した原発については、国が責任をもって地元自治体に再稼動を説得する」と言っているが、同委員会は「規制基準」に適合しているか審査するだけで、安全であると言っているわけではありません。安全でもない原発を再稼動しようとしているのです。

5 地元自治体の論理。

 電源三法交付金等の収入が減少し、財政危機に陥った地元自治体は、政府の安全であると言う「お墨付き」による再稼動を切望しています。

 規制基準に適合していると評価されただけです。また、車の両輪である緊急避難計画の策定は不十分で、住民の安全など守れるような代物とは思われません。自治体が同計画の作文を書いたとしても、それは「絵に描いた餅」です。

 貴方の町が福島原発事故の二の舞になることを想像してみてください。答えは、明らかです。本当に「絵に描いた餅」で良いのですか。

 これまでの論理は以下のように集約されます。

 原発の適合性を電力会社が申請 → 同委員会は適合性を審査 → (前後で論理破綻) → 「原発は安全である」と政府は解釈 → 政府は再稼動を地元自治体に要請。

(注1) 無理やりに、物事をおし進めようとすれば、物事の理屈に合った正しいやり方や考え方は、通用しなくなってしまうということ。正しいと思われることが、行われなくなってしまうような世の中では、正しいと思われることは、やがて行われなくなり、道理に反することが正しいことのようになってしまうということ。正しいことを正しいと主張することもできなくなってしまう。

(注2) かつて、東京で使う電気を福島の原発が供給していた。事故の収束、廃炉へのシナリオがすでに破綻し、除染はほとんど進んでいないにもかかわらず、避難している人々の首に線量計をぶら下げて、自己責任の名のもとに、汚染されている村や町に帰還させられる。これは強烈な表現です。

 

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